どの講義でも強調している考え方に,「他の条件は一定にして(ceteris paribus)」というものがある.これは経済学に限らず,科学において不可欠な思考法である.
中谷『科学の方法』から科学実験に関する一節を引用しよう(pp.143-145).
References:
中谷『科学の方法』から科学実験に関する一節を引用しよう(pp.143-145).
前にもたびたびいったように,この自然界に実際に起こっている現象は,決して再現可能ではないのである.同じことを二度実験してみても,同じ結果が出るとは限らない.一枚の紙をある高さから落としてみても,同じ落ち方は,二度とはしない.しかしそれを再現不可能といってしまえば,もはや科学の入る余地がなくなってしまう.それでこういう場合には,自然界にはちゃんとした法則があって,再現可能なのであるが,何かほかの理由で,同じ結果が得られなかったのだと考える.それでほかの妨害を除いてやれば,すなわち外界の条件を一定にしてやれば,同じ現象が起るはずだとするのである.ほかの条件をなるべく一定にして,ある現象を起こさせてみる.それが実験なのである.もちろん条件を完全に一定にすることは,不可能である.少くも時間的にはちがっているわけである.しかしなるべく条件を一定にしてやったならば,だんだん再現可能に近い状態が得られるであろうとして,この条件をなるべく簡単に,あるいは一定にしてやってみるわけである.
(中略)
具体的な例を一つあげよう.糸を与えられて,その長さを精密にはかるという問題が課せられたとする.これはなかなか厄介な問題であって,糸というものは,実際にはかってみればすぐわかるように,その長さを精密にきめることは,ほとんど不可能に近いものである.むしろ精密な長さというものがないといった方が,よいかもしれない.糸をだらんとさせておけば,その長さははかれない.そうかといって,ぴんと張ると,その張り方によって,いろいろに伸びるわけである.それに湿度も効いてくる.糸がしめったり,かわいたりすると,長さが伸び縮みする.また温度も効いてくる.それで精密にはかってみると,張力により,湿度により,温度によって,長さがみな違った価に出てくる.こういう場合に,一回一回違った価になるといってしまえば,何も測定した意義がないことになる.それで他の要素を一定にしておいて,その中の一つの要素だけを変化させてみる.たとえば一定の湿度及び温度の下で,張力をだんだん変えて,長さをはかってみる.あるいは張力を一定にしておいて,湿度をいろいろに変えてはかってみる.そういうふうに長さの測定を,各要素ごとに,その要素の函数として,精密に行う.そうすれば,いろいろな要素が重なり合った,ある条件のもとにおける糸の長さというものを,きめることができる.ちなみにこの文章は野矢(2006)にも出てくる.この本もお勧め.論理的思考力を底上げしよう.
References:
- 中谷宇吉郎 (1958) 『科学の方法』岩波新書
- 野矢茂樹 (2006) 『新版 論理トレーニング』産業図書
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