Monday, November 7, 2016

沖縄の経済, 準備編4: 所得格差

国際学会の大舞台を目前に控え,若干の現実逃避と授業準備を兼ねて少し前に売れていた本,
  • 大久保潤・篠原章 (2015) 『沖縄の不都合な真実』新潮社
をぱらぱらめくっている.経済学に関する記述は飛躍が多くマル経テイストなので読むと何かと不満が溜まる.この手の本を種に沖縄経済論を語るアマチュアたちが論壇を賑わせてもいるようだ.

今回は,読んでいてもやもやした部分から一つレプリケーションをしたよ,というエントリ.沖縄の格差についてデータを確認し,大久保・篠原の記述は不十分であり,沖縄の格差はフローではなくストックが特徴的であることを見ていく.講義で紹介する時間はないのでブログで放出.


所得格差は縮んでいる

沖縄の所得格差に関して,第4章の「日本一の階級社会の実態」という節に以下のような記述がある(電子版で読んでいるためページ数はわからない).
 格差社会の実態を直近の統計から拾ってみましょう。総務省の全国消費実態調査によると、高くなるほど貧富の差があることを示すジニ係数が、沖縄は二〇〇九年度に〇・三三九と全国一です。〇・三三を上回るのは大阪、徳島、長崎、沖縄の四府県だけで、ここ一〇年来最悪です。…[中略]…平均所得は最低レベルなのに地方都市では最も金持ちが多い、すさまじい格差社会です。日本一高い失業率と日本一低い労働分配率が格差の象徴です。
短くまとめると
  • 沖縄はジニ係数で見る所得格差はワースト.
  • 全国消費実態調査が出典.
とのことだ.全国消費実態調査は5年に1度実施される統計で,家計調査と同じく家計の収支を把握するものだが,家計調査よりもサンプルサイズが大きく調査項目も詳しい.沖縄の二人以上世帯の場合n=715である.

折良くつい先月末に全国消費実態調査で最新(2014年)のジニ係数が公表された.私は格差を全国消費実態調査から読み取ろうとすること自体に少し違和感を覚えるが,見るだけ見てみよう.

二人以上世帯について直近15年分の所得のジニ係数の推移をプロットしたのが以下のグラフである.47都道府県+全国を一気にプロットしているのでどれがどれかわかりにくいが,やや太くて赤いものが沖縄,青いものが全国,その他都道府県がその他灰色である.
フローのジニ係数の推移.
  • 従来は大久保・篠原の指摘通り沖縄のジニ係数(赤線)はワーストであった.ところが最新のデータでは,沖縄のジニ係数は全国並に低下している.
  • 二人以上世帯のうち勤労者世帯に絞って見ても同様の傾向である.(水準はまだ高いが)
すなわち,大久保・篠原の言う沖縄の「格差社会」は直近5年間のうちに終止符を打っているように見える.彼らのロジックはもう賞味期限切れのようだ.


資産格差は大きい

所得格差が縮まったとはいえ,私は沖縄は格差社会ではない,と主張したいわけではない.私の認識では,沖縄は所得ではなく富について格差が大きい.これは最新のデータで見ても変わらない.
なお資産格差については大久保・篠原の第5章にも言及があり,私オリジナルの指摘ではもちろんない.

同じく全国消費実態調査には,所得についてだけでなく,資産(3種類)についてのジニ係数もまとめられている.さっそく見てみよう(以下すべて純資産についてのデータ).
貯蓄のジニ係数.

不動産のジニ係数.
耐久消費財のジニ係数.

  • どの資産を見ても,沖縄は資産格差が全国と比べ悪い.貯蓄と住宅については全国ワーストで,貯蓄格差はぶっちぎりである.不動産でのジニ係数は軒並み低下傾向にある全国と違い横ばいである.
  • 所得格差と違い,最新の状況は前回調査時点よりも悪化している.
2009年から2014年の間に所得格差は縮まったけれど富の格差が拡大している状況はどう理解すればよいだろうか.たとえば,次のような説明がありえる.
  1. デモグラフィ
    • 団塊の世代が退職する時期を迎え,高所得層は減ったが資産格差は持続している,という説明はありえる.貯蓄額の格差拡大は退職金が出たとすれば納得だ.
  2. 景気
    • アベノミクス当初は株高になったので,有価証券を保有する層にキャピタル・ゲインが転がり込んできたであろうことが考えられる.
    • いままで失業していたボトムの層が景気拡大に伴って就職でき所得格差は縮まったが,所詮は低賃金の非正規が多く資産格差を縮めるには至らない,のかもしれない.


公務員による支配?について

大久保・篠原第5章では,就業構造基本調査(注: 本文中には労働力調査(厚生労働省)とあるが誤記であろう.同じデータであろうものを用いてもコンマ以下の数字がなぜか合わないが…)も併用して所得分布を見て,高所得層が少なく低所得層が分厚いことを問題にしている.また,公務員の賃金所得を独自に推計し,少数の高所得者を代表するのは公務員だと主張している.

公務員は民間に比べて大卒が多い(2010年国勢調査だと,就業者に占める大卒以上シェアは全産業で17%,公務員で40%)わけで,学歴プレミアムや正規・非正規格差があれば官民に賃金格差があるのはある程度当然だ.官民格差は誇張され扇動的であるように感じる.
公務員の場合受験資格も緩く,機会の平等はそれなりに担保されている.棚ぼたやレントシーキングで不当に得た所得というわけではないだろう.収入源はがっつり捕捉されており脱税・節税も難しい.

行政職の平均年間給与は560万円程度(2015年4月, 新卒除く, 沖縄県人事委員会勧告より)で,ヒエラルキー的には公務員は中の上ぐらいではないだろうか.フリンジ・ベネフィットを含めても,おそらく公務員より電力会社のほうが安泰で高所得だ.公務員の給与程度では,一世代のうちに大きな資産を築き上げることは難しいであろう.
ちなみに就業構造基本調査(2012年度)では,雇用者のうち所得が900万円台あたり以上,世帯所得だと1250万円~1499万円以上が沖縄のtop 1%になる.夫婦ともに公務員でいい役職,というほどでないと上流階級とは言えない気がする.top 1%は主に医者,弁護士,経営者,内地大企業の支店管理職,一部の地主や投資家,タレント,あたりで構成されている気がする.


沖縄の公的部門が大きく,高度人材を(おそらく過剰に)集めている,というセクター間でのmisallocationは私は問題だと思っている.しかし「公が支配する社会経済体制」は言いすぎだと思う.公務員が低賃金の民間人を搾取しているかのようにも書かれているが,公務員の人件費は元を辿れば国からの財政移転から主に出ているし….
大久保・篠原のように観察される所得分布をながめるだけでは格差の原因や非効率性の源泉を(専門家が納得できる形で)突き止めることはできないだろう.



最後に付言しておくと,そもそも論になってしまうが,格差を地域内で捉える意味は私は勉強不足でよくわからない.
社会保障や税制を通じた制度的な再分配は国レベルで行われており地域単位でなすべきことと手段は限られている.(固定資産税は地方が課すものだけどおおむね全国と横並びだ.)
仮に沖縄が格差是正に熱心に取り組んだとすると,地域間で居住移転は自由なのだから(コストはかかるが),沖縄に低所得者が集中し,高い教育を受けた高所得者は県外に逃げ出してしまうだろう.結果的に同質的な低所得者が集まりジニ係数は低下しそうなものだ.でもそれは望ましい変化なのだろうか.
資産格差があると信用制約にひっかかる貧しい層が多く経済に悪影響を及ぼす予感もするが,金融市場は県内で閉じているわけではないので地域内格差が信用制約に与える影響は自明ではないかもしれない.(これは研究ネタにつながる話だろうか?)
人が格差を観察してから何らかのbeliefを形成し何らかの経済変数に影響する,その格差は身近な範囲しか見えない,といった議論はありそうだが,かなり難しい話になりそうである…


まとめ?

公務員の報酬体系に連動している私の所得をあげてくださいーー!!!(切実)