Sunday, May 27, 2018

沖縄の県民経済計算の改訂 2018

先月県民経済計算の最新版が公表された.
        [link] 沖縄県統計資料ウェブサイト 県民経済計算
FAQが新たに追加されており,中の人達の苦労が忍ばれる.

今回のエントリでは,新しい県民経済計算では去年までと比べてどう変わったかを眺めていく.昨年度の分(平成26年度県民経済計算, 以下H26版と呼ぶ)のデータと新しいデータ(H27版)とを比較していきたい.全体的には,思ったよりも変わっていた,という印象を受けた.

1. 2008SNAへの移行

国民経済計算が2008SNAに移行したことに合わせて,県民経済計算も2008SNAに準拠するべく標準方式が新しくなった.たとえばR&Dを投資に計上する,産業分類が変わる,など,の変更がある.また,支出サイドのGDPデフレーターはH26版では固定基準年方式であったが,H27年版では連鎖方式に変更されている.

基準が変わったことを受けて,H27版では,2006年度まで遡及して改訂されている.

2. 実質GDPが大きく変わった

目を引くのは実質GDPの改訂だ.次のグラフは改訂前後の実質GDP水準を並べたものである.青い方が新しいH27版.
実質GDP(支出サイド, 市場価格)の改定前後比較. 単位: 兆円.

  • 水準も成長率も,改定前と大きく違った印象を受ける.
    • 念のため,GDPデフレーターの基準年がそもそも違う(H17年とH23年)ので,水準が変わること自体に大きな意味はない.
  • ここでは支出サイドで見ているが,生産サイドで見てもそれほど変わらない(後掲).

成長率(対数差分, 以下同様)で見ると次の通り.
実質GDP(支出サイド, 市場価格)成長率の改定前後比較. 

  • 2011年度以前の成長率が下方修正されている
    • 最も下げ幅が大きいのは2010年.実に-3.7%も下方修正された.
    • 2012年はマイナス成長になっている(+1.1%から-0.8%).
  • しかし直近(13--14年)ではほとんど差がない.足元では連鎖価格と固定価格の違いが出にくいのかも.

支出側は固定価格から連鎖価格に移ったという大きな変化がある.一方で生産側のGDPはH26版でも連鎖価格を採用していた.生産側から実質GDPの比較も確認しておこう.
実質GDP(生産サイド, 市場価格)の改定前後比較. 単位: 兆円.
実質GDP(生産サイド, 市場価格)成長率の改定前後比較. 

  • 生産サイドから見ても,概ね下方修正されているように感じる.
    • ただし2011, 2013年の成長率は若干の上方修正となっている.


3. 石油・石炭産業が大きく変化

以前このブログで沖縄の県民経済計算は怪しい,特に石油・石炭製品の実質生産が怪しい,という議論をした.
        [link] 石油・石炭製品と沖縄の実質GDP
改めてこの産業のreal outputを見てみる.
石油・石炭製品の実質GDPの改定前後比較. 単位 億円.

  • H27版では笑えるぐらい大胆な下方修正がなされている.というより,昨年度までの石油・石炭製品の総生産が異常であり,それがまともになった,という印象を受ける.
    • そもそも4兆円のGDPに対して石油製品が4千億円を占める,という状況がおかしかった.いつから沖縄は石油化学大国になったのかしら.

成長率に直してみる(なお,負の値を取る時期はlog(x)でなく-log(-x)で計算した).
石油・石炭製品の成長率の改定前後比較.

  • 成長率で見れば,2014年を除き,ほとんど差がない
  • 上で見たような大胆な下方修正は,水準が5--10倍程度差があること(と,変化の振れ幅がやたら大きいこと)で生じていると言える.
    • 2008SNAで計算方法が若干変わったことで付加価値が若干変わったせいかもしれない.
    • H26版の「県民経済計算の推計方法」では,製造業の中間投入額を計算する際に,本来は間接費を足すべきところ逆に引いているように書かれている.単なるタイポかもしれないが,もし今回このミスを直したとすれば,間接費の分inputが増えoutputは減るので,水準が下方修正されることにつながる.


動きがおかしい石油・石炭製品セクターを無視した場合,集計の実質GDPはどうなるだろうか.単純に実質GDPから石油・石炭製品の実質GDPを差し引いてみた.(なお,連鎖方式の実質GDPでは加法整合性を満たさないのでこの引き算は厳密に言えば意味をなさない.)
石油・石炭製品を除く実質GDPの改定前後比較. 単位: 兆円.
  • 両系列からはかなり違った印象を受ける.
    • H26版では,リーマン・ショック以降に沖縄経済(石油・石炭製品除く)が大きな不況に陥っていたこと,2014年にようやくショック以前のトレンドに戻ったことが示唆される.他方でH27版では,石油・石炭製品のサイズが小さくなったため,こうした動きは見えなくなった.
    • H26版では東日本大震災で大きくショックを受けているが,H27版ではそこまでひどくはない.

これを成長率に直すと以下の通り.
石油・石炭製品を除く実質GDP成長率の改定前後比較.

  • H27版では分散が小さくなったように見える.
世界同時金融危機や東日本大震災のインパクトをどれだけと見積もるかにもよるかもしれないが,石油・石炭製品という異常値を除いて見たほうがなんとなく実感に合うような気はする.

4. 違いは物価にあり

実質では大きく下方修正がなされていることを見た.一方で名目変数には大きな修正はない(面倒くさいのでグラフは省略).変わったのは物価指数である.

GDPデフレーター(支出側)の違いを眺めよう.水準を合わせてプロットすると次の通りである.なお,前述の通りH26版はH17年基準の固定価格方式であるのに対して,H27版はH23年基準の連鎖方式である.

GDPデフレーター(支出サイド)の改定前後比較.

  • 古い方の基準では,がっつりデフレ傾向が見られた.ところがH27版ではそこまでひどくなさそうだ.
変化率に直してプロットすると次の通り:

インフレ率の改定前後比較.

  • 正の相関はありそうだが,水準と分散に違いがあるように見える.ざっくり見て,H27版のほうがインフレ率が高く,その分散は小さい.
  • 修正幅が目立つのは2010年である(-3.8%から-0.4%).インフレ率が大幅に上方改定されたことに呼応し,この時期の実質GDPやその成長率は下方修正されている(上述).
    • 2010年におけるインフレ率改定の内訳はどうか.C, I, GでいうとCが最も上方修正されている.Cの中では,「娯楽・レジャー・文化」が大きく上方修正(+13.3%)されており(実質消費の伸びがもともと高すぎた(+32.5%)ところ下方修正された),ここで差がついていると思われる.

5. まとめ

最新の県民経済計算が去年と比べてどう変わったか見てきた.主な変更点は,
  • インフレ率がやや上方修正され,実質GDP成長は下方修正された.
  • 外れ値が目立たなくなった(石油・石炭製品の生産や娯楽・レジャー・文化の消費).
  • こうした改定は微修正と言うには大きすぎる気がする.(成長率が-3.7%下方修正って…)
といったところだろうか.こうした改定となった原因が具体的に何であるか,は恥ずかしながら不明である.

Y以外の系列については時間があれば動向を眺めてみたい.ぱっと見た印象では,なんだか直感に合わない数字も少なくないなと感じた..

統計は知的なインフラである.県民経済計算はもう少し信頼できるようにならないものか.足元の成長率を見て一喜一憂したり県レベルで機動的なマクロ政策を打ったりすることはほとんどないにせよ,現状では政治・行政が経済動向をモニタリングしたり結果にコミットしたりすることもままらない気がする.

Saturday, May 26, 2018

公募: 経済学

弊学で公募が出ました.詳細はJREC-INでご確認ください.昨年度も同様の公募をかけました(当時の私のブログ記事: 公募: 計量経済学)が,あいにく不調に終わってしまいました.

昨年度に引き続き,実証分析に強い方を募集しています.標準的な経済学の範疇であれば,分野は特に問いません.

個人的には,当然のことですが,研究能力が高い人に来ていただきたいと思っています.弊学は凡百の教育大学と違い,研究活動を尊重していただけます.居心地はそれなりによいです.ご応募お待ちしております.

Monday, April 30, 2018

国勢調査における「不詳」と沖縄

最新の国勢調査で,人口移動に関するデータを眺めている.今回のエントリは,沖縄には「不詳」に分類されている輩が多すぎる,という話.

総務省国勢調査では5年前の居住地についての情報が集められている.ところが,5年前の居住地が「不詳」となっている人も少なくない.「不詳」の正体は何なのだろうか.

小池・山内 (2014) では, 2010年の国勢調査で「不詳」についてレポートしている.
  • 2005年以前と比べて「不詳」が急増している.
  • 地域,年齢,就業状態によって「不詳」の割合が異なる.
    • 大都市圏で高い.沖縄や高知も高い.
    • 若者は高い.
    • 分類不能の産業,分類不能の職業,で高い.
といったことが指摘されている.

以下2015年の国勢調査で不詳について見ていく.特に何を明らかにするわけでもなく,どこに不詳が集まっているかを眺めるだけ.

1. 都道府県レベル
47都道府県別に不詳割合を計算する.
現住地による5年前の常住地について,
総数(常住者) = 現住所 + 自県内 + 転入 + 5年前の常住市区町村「不詳」 + 移動状況「不詳」
という関係が成り立つ.ここでは右辺にある2つの「不詳」の合計が,左辺に占める割合を「不詳のシェア」と呼ぼう.なおサイズ的には,後者の移動状況自体が不詳な者が多い.
計算結果が以下の図である.

  • 沖縄は東京大阪に次ぐ全国3位の13.7%である. なお,全国平均は8.8%である.
都会だとオートロックで調査員が入れないマンションがたくさんあり詳細不明,という人がたくさんいてもなんとなく納得できる.しかし沖縄はそうした事情だけでは説明できない何かがありそうな気がする.

2. 市町村レベル
市町村レベルのデータでも同様に不詳シェアを計算する.市町村の場合,現住地による5年前の常住地について,
総数(常住者) = 現住所 + 自市区町村内 + 自市内他区 + 県内他市区町村 + 他県 + 国外 + 5年前の常住市区町村「不詳」 + 移動状況「不詳」
= 5年前の常住地による人口総数 + 転入 - 転出 + 5年前の常住市区町村「不詳」 + 移動状況「不詳」 ,
が成り立つ.ここでも,不詳2つの和が左辺の常住者総数に占める割合を不詳シェアとして計算した.

全国の市区町村でヒストグラムを作ると以下の通り.


薄くて見えにくいやつが沖縄県内41市町村の分布.全国と極端に変わった気配はないようにも見えるが,全国よりもシェアが高い地域が多いようにも見える.

沖縄県内の各市町村について見る(下図)と,都市部に不詳が集中していることがわかる.
  • トップは那覇市でなく沖縄市であった.実に4人に1人(24.7%)が不詳
  • 島嶼部はおおむね低い傾向にあるが,竹富町がけっこう高い.
本島にあっても,「誰誰さんは○○家の××」 みたいな話がよく出てくるような小さい町村は不詳が少ない傾向にある.
図2 県内市町村別の不詳のシェア.

図3 不詳シェアの地図(やっつけ)

3. 外国人?
不詳というと,外国人が多いせいではないか,と疑う人がいるかもしれない.沖縄市,宜野湾市,北谷町など米軍基地が近そうな場所で不詳が多いように見えるのも気になる.

そこで,「推計人口」から2015年10月1日時点での総人口のうち,外国人が占めるシェアを計算し,不詳との相関を見た(下図).
図4 外国人が多くても不詳は増えないかも.
 外国人の割合が高い市町村であっても,不詳のシェアが大きくなるとは限らないようである.
不法入国がどれだけあるかは知りようがないものの,外国人が多いコミュニティでは国勢調査の精度が落ちる,とは少なくとも県内に限っては言えない

4. 人口の流動性?
小池・山内(2014)によると,人口移動の活発な地域ほど不詳割合が高くなることが知られているそうだ.東京大阪のような都市部で不詳が急増するのはそのせいかもしれない.沖縄ではどうだろうか.

次のように人口のモビリティの指標を定義する.
モビリティ =(転入 + 転出) / (常住者 - 不詳)
分子は純転入でなく,グロスの人口移動を捉えている.
作成したモビリティの指標と不詳シェアの相関を見たのが次の図.
図5 人口の流動性と不詳は関係なさそう.
小池・山内(2014)と違って,移住が活発な地域ほど不詳が増える傾向は見られない
むしろ負相関に見えるのは,沖縄の場合,不詳が少ない島嶼部でモビリティが高い傾向があるからである.しかし島嶼部を除いたサンプルで見ても,依然として人口移動のボリュームと不詳にはあまり関係がなさそうであった.

5. まとめ
沖縄は全国と比べて5年前の居住地が不詳の人たちが多いようである.不詳は県内都市部に広く分布しているようであるが,それ以上の特徴はすぐにはわからない.
不詳となる原因はいくつか考えられるが,外国人が多い地域,転入・転出が多く人の移動が流動的な地域,という説明だけでは不十分そうである.アンダーグラウンドに生きる人たちや,統計調査に非協力的な人たちが他府県よりも多めに存在しているのかもしれない.

なお,若年は不詳になりやすいこともあり,若年が多い地域は不詳シェアも高い.とはいえ,説明できる変動はそれほど大きくない.

結局謎のままだが,とりあえずこのへんで.

Reference
  • 小池司朗・山内昌和 (2014) 「2010年の国勢調査における「不詳」の発生状況: 5年前の居住地を中心に」人口問題研究 70-3(2014.9)pp.325~338

Sunday, April 29, 2018

加藤ほか(編)『沖縄子どもの貧困白書』

さらに読書メモ.
  • 加藤彰彦ほか編『沖縄子どもの貧困白書』かもがわ出版, 2017年.
ここ数年沖縄では子供の貧困に関心が集まっている(なお,私は「子ども」表記は馴染めないので以下「子供」と記す).貧困研究で著名な阿部氏を始めとするチームでの調査が沖縄でなされ,子供の相対的貧困率が29.9%と衝撃の数字も出た.

この相対的貧困率を算出するにあたって,市町村が持つ税務データを収集している.せっかく大規模でリッチな個票データを集めたのだから,相対的貧困率という解釈が必ずしもstraightforwardでない指標を1つ弾き出すだけでなくもっと詳しく多面的に分析してくれよ,と思うが,この白書の中には相対的貧困率を作るのに苦心した話はあるがそれを使った分析は見られなかった.残念である.
公益性の高い学術研究には,センシティブな情報であってももっと利用できるようになればいいのに.たとえ公にできないとしても,ここで集めた情報にもとづいて貧困対策のRCTと追跡調査を行ったほうがよいと思う.

相対的貧困率を算出した調査とは別でアンケート調査を行っており,その結果を利用した分析も載っている.しかし紙面が限られていることもあり,統計データからは大して何も明らかにされていない.
(もちろん,このアンケート調査で示唆されているように,貧困がsocial exclusionのリスクを孕むことは重要である.データが持っているであろう情報が適切に抽出・プレゼンされていないと感じたということ.)

本白書は貧困現場のルポで充実している.他方で,貧困を生み出す背景についての経済学的な分析が欠けているのが残念である.それどころか,
新自由主義とは,経済のグローバル化が進むなか,民間企業がグローバル競争を勝ち抜くことに依拠して社会の基盤を維持しようと考え,企業が十全に活動を展開し利益を上げることができる条件を整えるべきであるとする考え方や,その考え方にもとづく諸施策のことです.(p.260)
などと頭が痛くなるような藁人形論法で,新自由主義が非正規雇用を増やし地方の教育や福祉を悪化させたと示唆されている.編集者の一人も
経済的利潤や能率,効果ばかりを求める動きも強くなってきています.基準に合わない,役立たないと人を切り捨てていく文化も,私たちのなかに生きています.(p.276)
と,セーフティネットを破壊するものとして経済活動(の一側面)を捉えている.貧困は疑いなく経済問題であり,経済学への理解が不可欠に思うのだが..


貧困の原因分析や貧困対策政策の評価が十分になされていないため,貧困対策への<提言>もちぐはぐに感じる.<提言> (なんだこの不等号は)を手短にまとめると以下の通り.
  1. 既存の支援策の周知
  2. 通学支援: 交通費補助
  3. 進学支援: 奨学金
  4. 雇用環境改善
  5. 乳幼児・シングル親支援
  6. 既存の支援策の整理
  7. 総括組織の強化
  8. 条例の策定
  9. 調査の継続

アンケート調査では食料を買えなかった経験を持つ子供がたくさんいる!とレポートされている(し沖縄の食料価格は全国より高いとも言及がある)一方で,なぜか<提言>では食費(や無条件現金給付)ではなく交通費の補助を挙げている.徒歩通学者や未就学児童にはほぼ無意味な上,就学や進学を妨げる制約条件をうまく緩和することが期待できるわけでもなく,特定業界への利益誘導の隠れ蓑にさえなる悪手ではないかと感じた.交通費が家計を圧迫しているとしても,子供のバス代よりも自家用車のランニングコストのほうが交通費の大宗を占めるのではないかと思うのだが.
白書の中にほとんど出てこない交通費への補助を明記する一方で,白書の中でたびたび言及されるソーシャル・ワーカーについては表立って言及されていない.ちぐはぐな印象を受ける.


対貧困政策には"More than good intentions"を心に留めておくべきだと思う.現場の悲惨さを目の当たりにして心動かされたとしても,それだけではうまく貧困を解決することはできない.私はMore thanの部分を知りたいのだけれどこの本の焦点はgood intentionsにあった.

Saturday, April 28, 2018

嘉数『島嶼学への誘い』

新年度の講義に備え,春休みに隙を見てめくっていた本のメモ.
  • 嘉数啓 (2017)『島嶼学への誘い: 沖縄からみる「島」の社会経済学』岩波書店. [Amazon]

経済学者として沖縄経済の振興に携わってきた人の本.その経験を活かして(官僚が好みそうな)島嶼型ビジネスモデルの数々を詳細に紹介している.

本書は沖縄経済について書かれた一般書の中ではきわめてまれなことに,背後に想定している理論モデルがある程度見えてくる本だ(文中に数理モデルが出てくるわけではない).「島嶼学」という聞きなれないタイトルだが,経済学を軸足に,島嶼経済,特に沖縄の持続可能な発展を目指した内容である.

すでに古希を回っていながら,比較的新しいliteratureにも目配りをし,近年に至るまで自身で論文も書かれている.入門書をかじっただけであたかも経済学のエキスパートかのようにマスメディアに駄文を垂れ流す者どもはこれを読んで恥じ入ったほうがいい.

とはいえ,いかんせん依拠する枠組が古すぎるように思う.データの取り扱い方はまるで訓練されていない我流である.経済学や統計学はここ数十年で大きな進歩を遂げており,もう少しキャッチアップしていただかなければ高い教育を受けた若い世代を説得することは難しいだろう.論文にもなっていると言っても,それが専門家同士のreviewをくぐり抜けられるクオリティでなければ,まっとうな学術的知見とは言えないと思う.

学術論文ではなく一般向けの本であることを差し引いても,議論が散漫に感じる.たとえば第5章はネットワークをテーマにした章で,最初にネットワーク外部性を紹介している.しかしその後ネットワーク外部性を考慮した分析から得られる経済学的知見はまるで出てこず「ネットワーク」という言葉の雰囲気から連想されるトピックが並ぶばかりである.中では素朴なグラビティ・モデルを回したとあるが(分析の詳細不明),おそらくネットワーク上で外部効果が波及することもなく単に無向な完全グラフで考えているだけにとどまっており,「ネットワーク」の分析というには誇大広告のような印象を受けた(し挙げている含意もネットワークと直接関係がない).
全体的に,十分に説得的な議論を積み重ねることのないまま次々と話が入れ替わり,結局何も証明されないのに何かがんばっている印象だけ残る.壮大な「序説」だけで肝心の本論がない.論点が次々と拡散していくので,批判を加えるには厄介だ.

ところどころ勇み足ぎみな筆者の主観も目につく.たとえば,小島嶼経済におけるsustainableな発展戦略として,(1) 複合的,(2) 循環的,(3) ユイマール,の3つを考えるべしと提案がある.(1)は1つのタスクに特化しないほうがよい,(2)は地産地消で廃棄物も活用するゼロ・エミッション,(3)は(参加制約を満たす範囲での)協業,ということ.
これらは試案のようで,「経済科学で理論実証的に証明できれば,間違いなくノーベル賞ものである(p.78)」とのことだ.素人を謀るようなことを軽々しく言わないでほしいし,本気で言っているのなら冷静になってほしい.せめて本書で整理している小島嶼経済の主要特性(遠隔性・海洋性・狭小性)との整合性を意識してほしい.ユイマールの精神で遠隔性を克服できれば世話はない.

筆者の政治的立場が露骨になるところもあり,「島を科学する」学問分野と称するにはいささか不用心ではないか.

枠組みが古い,と偉そうに噛み付いてみたものの,本書の理論的背景については(その論証手続きの今日的な説得性はひとまず置くとして)当たらずとも遠からずという印象はある.tyranny of distanceやhome market advantageについてはまさに空間経済学はモダンな分析道具を多く用意している.(みんなでもっと空間経済学を研究しよう!)

この本は,経済的自立についての議論が豊富である.これまで私は,経済自立という概念はどういった経済的歪みをどのように解消しどのように社会を改善するのかよくわからないアマチュアの無責任な政治的スローガン,という程度の認識でいた.本書ではしばしば「自立(律)」と書かれるが,概念がクリスタルクリアに洗練されていない感がバレバレで,現代経済学の批判に耐えられるだけの満足な理論的背景はないのだろうと思っている.

本書第6章ではまさに
経済自立の状況とは… [中略]… 「自ら稼いだ所得でもって自らの支出を賄うこと」である.
と経済学者が予算制約式をイメージしやすいように定義が書かれており,助かる(が厳密ではなく詳しい意味は不明であるしその意義も不明である.域外金融市場との取引を否定すると,消費を平準化できず厚生損失が生じるのでは.).
残念ながら,議論をするほどにだんだん雲行きが怪しくなっていく.自立しないと自立できない,という謎議論になっているところもある.論じている側が混乱しているように思う.定義から結論までの道のりが省略されすぎており,この行間を埋めるのは難しい.

本書では多くの紙面を割いて議論しているにもかかわらず,経済自立という概念が何らかの定型的な一般均衡モデルの中でどう位置づけられるのか,が見えてこない.自立がいったいどういう歪みをどういうロジックで解消するのか,どういう基準で誰にとって望ましい帰結をもたらすのか,どういった仮定に支えられているのか,がまるで見えない.首肯できるレベルのエビデンスもない.そんなわけで,ふんわりとした共感はできるが,学術的な賛同(と批判)は難しい.

経済学の切れっ端を寄せ集めたものが「島嶼学」ならなんと退屈な学問なのだろう.「自立」や「ネットワーク」という自然言語の持つ雰囲気ばかりが先行した印象論の域を出ていないと感じた.

上から目線で恐縮だが,筆者は(面識はないが)とても優秀な方だと思うのだけど,経済自立という視座を研究人生賭けて突き詰めてもあまり何も出てこなかったと思われる.私はその轍を踏むことは避けたい.



Tuesday, January 16, 2018

沖縄の県民経済計算と算出方法メモ,パート1

以前途中まで書いたまま放置していたエントリを,気分転換に加筆して公開する.
私は経済統計の実務についてはまったく知らないので,ところどころ不正確なところもあるだろうから割り引いて読んでいただきたい.

すでに1年前のことだが,産経新聞で沖縄の県民経済計算が槍玉に挙げられていた.

巧妙に印象操作しているのはどっちやねんという感じだが,沖縄の県民経済計算がいまいち実感と合わないことは数年前このブログでも取り上げた通りである.
上のエントリは今見直すとところどころ変な記述もあるが,最新のデータで見ても石油石炭製品の産出が不自然なせいで全体として不自然になっている予感がするというメッセージには変わりない.

県民経済計算は沖縄に限らず各都道府県で独自の計算をしていて,クロスセクションの比較は難しい状況である.基準の統一がなされることには大いに賛成である.素朴な線形モデルを各地で積み上げていっても不安定な推計になるだろうから,モデルベースで統一的なsmall area estimationをしていったほうがいいような気はする.2008SNAに対応するついでに改善してほしい.

さて今回のエントリでは,産経が沖縄に対して悪意ある書き方をしているような気がしたので,若干の弁護をしておこうと思う.後日,日経新聞のやさしい経済学のとある回にも,産経の記事を真に受けたかのような記述が見られたし,全国紙は良くも悪くも影響力があるものだ.多少なりとも経済統計と真摯に向き合ったことがある人なら産経の記事を読んでもまるで腑に落ちないだろうし,そのうち誰かまともな人が解説記事をどこかに書いてくれると思うのだが,取り急ぎのメモとして残す.

産経のポイントは,「高知県方式」で計算し直すと沖縄の所得が高まる,である.
私のポイントは,高知県方式がもっともらしい計算とは限らない,という点だ.たしかに高知県方式で計算すれば沖縄の所得は高まりそうだが,それは「もし沖縄が全国と同じ労働生産性ならもっと所得が高まるはず」というものであって,全国と同じ生産性という前提がもっともらしいことまでは意味しない.

産経ニュースは25年度のデータについての記述だが,数ヶ月後に公表された26年度の県民経済計算では,高知県の方が沖縄県(や全国)と同様の計算方法に変更している.素人が産経の記事を読めば沖縄県が恣意的な計算方法によりデータを操作しているかのように解釈しそうになるものの,実態はむしろ高知県のほうがより素朴な計算方法を採用していたのではないだろうか.


1. 計算方法の違い

高知県と沖縄県の県民経済計算の推計方法を比較する.2018年1月時点ではすでにデッド・リンクになってしまい,根拠資料がPDFですぐに入手できないが,このエントリの下書きをした時点では以下の資料を参考にした:
  • 高知県「平成25年度県民経済計算報告書」[PDF link]
  • 沖縄県「県民経済計算の推計方法」[PDF link]
  • 兵庫県「平成26年度兵庫県民経済計算報告書」 [PDF link] 
  • 三重県「県民経済計算の概念と用語解説」 [PDF link]
兵庫県や三重県の計算方法も比較対象として見ている.両県には詳しいスタッフがいるという噂をどこかで耳目にしたことがあるからである.

産経には
「1人当たり現金給与」を考慮しているケースと、そうでないケースが混在している。
とある.たしかに,一人当たり現金給与の対全国比を考慮するかどうかが沖縄と高知の違いの一つになっているようなので,このエントリでは現金給与が絡む計算方法に議論を絞る.

県民経済計算は,全国の値を利用しながら簡易推計を行っている.基幹統計ではなく,少ないマンパワーでなんとか形にしているのである.あくまでも簡易推計なので,何か正解となるやり方があるわけではない.推計手法の望ましさを検討する上では,地域経済の実態に即し,利用可能な情報を活かし,実務的に実行可能な範囲でのセカンド・ベストを考えるべきであろうことはあらかじめ断っておきたい.

沖縄県方式の場合,たとえば都道府県iのある産業のoutput($Y_i$)を計算する際には,全国のoutput ($Y_{jp}$)から以下のように推計する:
\[Y_i = \frac{w_i}{w_{jp}} \times \frac{L_i}{L_{jp}} \times Y_{jp}. \]
ここで$w$は一人当たり現金給与,$L$は従業者数を表す.全国の産出額に,相対労働者数と相対賃金率をかけたものを地域の産出額としているわけだ.

一方25年度における高知県方式の場合,
\[Y_i =  \frac{L_i}{L_{jp}} \times Y_{jp}, \]
という式で$Y_i$を計算する.高知県方式は,相対賃金$w_i/w_{jp}$の項を1とした,沖縄県方式の特殊ケースになっている.

産経が指摘する通り,沖縄県にとっては沖縄県方式の方が高知県方式よりもoutputが低めに計算される.沖縄の賃金水準は全国よりも相当低い($w_i/w_{jp}<1$)ためである.
問題は,$w_i/w_{jp}$項を入れるかことが経済学的にセンスあるやり方かどうかだ.

高知県方式をもっともらしい推計として考えるためには,conceptualには
  • 全国と地域iとで,平均労働生産性が等しい($Y_i/L_i=Y_{jp}/L_{jp}$).
という条件が満たされる必要がある.生産性が等しければ,労働者数で按分すれば地域のoutputを求めるのはたやすい.ところが,労働生産性が全国平均と等しい,というのはかなり厳しい制約であると考えられる.現実に物的・人的資本ストックやその他技術が全国並みである保証はどこにもない.

他方で$w_i/w_{jp}$が入った沖縄県方式の場合,平均労働生産性が等しいことまでは要求しない.沖縄県方式の場合,
  • 全国と地域iとで,平均労働生産性の格差が,相対現金給与に等しい($(Y_i/L_i)/(Y_{jp}/L_{jp})=w_i/w_{jp}$).
 という条件を要請している.
典型的な新古典派経済モデルだと,競争的な要素市場で決まる賃金率は労働の限界生産性に等しいが,平均労働生産性に一致する保証はない.この意味で沖縄県方式がある程度フレキシブルな生産技術に対応したコンセプト,あるいはいわば「経済学的に自然」なコンセプトに裏打ちされているとは言えない.

そうはいっても,全国と沖縄との間に平均労働生産性格差がない,という制約を課す高知県方式を沖縄に採用する方が無理があるだろう.物価水準も違えば(上で議論している変数は名目である),労働者の技能の構成も産業構造も資本装備率も資本集約度も企業規模も市場環境も全国とは少なからず異なっている.
相対現金給与が平均労働生産性格差を近似的に捉えていると考え,生産性のギャップを簡単に利用可能なデータ(毎月勤労統計調査)から計算するのはそれほどナンセンスだとは思わない.

2018年1月20日追記: Jones (2014) は人的資本の地域差をどう捉え集計するか議論しており,$w_i/w_{jp}$でefficiency unitsを計算するのを伝統的なアプローチとしている.

2. 高知県の変更

高知県統計課の資料「平成26年度高知県県民経済計算の推計方法の見直しについて」[PDF link]では,平成26年度推計の際に,上で紹介した高知県方式を改める旨の記述がある.以下引用する:
2.見直し内容(主なもの)
(1)全国的な推計方法に準拠することとしたもの
① 賃金格差の導入(不動産業、運輸業、情報通信業及びサービス業の一部)
・毎月勤労統計の一人当たり現金給与総額の対全国比を乗じる → 23年度以前はマイナスに作用、24年度以降はプラスに作用

高知県いわく,賃金格差を加味するのは産経が暗黙に示唆するような沖縄オリジナル方式ではなく,「全国的な推計方法」とのことである.

3.他府県の例

「全国的な推計方法」と書かれているが,他府県はどうだろうか.
兵庫県の場合,$w_i/w_{jp}$のある沖縄県と同じ方式で計算していた.他方で,三重県は$w_i/w_{jp}$がない旧高知県方式で計算している模様である.三重のような全国平均と大差ない地域ならそれでもよい気がする.

$w_i/w_{jp}$込みの計算方法が全国標準かと言うとよくわからない.この点についてはもう少し調べる必要がある.

ちなみにアメリカの県民経済計算にあたるRegional Economic Accountsも,内挿・外挿を行う際には賃金や給与を用いるようである.経済統計の実務において現金給与を用いて生産性のギャップを加味することが大きな間違いだとは考えにくい.



4. 定量的なインパクト

沖縄県方式と高知県方式は$w_i/w_{jp}$が1かどうか,という点で差がある.仮に沖縄県が高知県方式を採用すると,どの程度沖縄の所得は数字上高まるのだろうか.

産経いわく,
24年度の1人当たり県民所得ランキングで、沖縄県は全都道府県の中で最下位の47位の203万5000円。ところが、高知県(調査時点では45位)と同様の方式で計算し直すと、沖縄県の1人当たり県民所得は266万5000円で63万円増加し、全国28位に浮上することが判明した。県内総生産も、公表されている3兆8066億円から4兆6897億円に上昇する。
一人当たり県民所得が3割程度,県内総生産が2割程度増えるらしい.産経の根拠は不明だが,たしかに2~3割程度は変動するかもしれない.とてもざっくりした概算は以下の通りである:
  1. 毎勤によれば,$w_i/w_{jp}$は全産業で0.74から0.77程度である.仮に全国と沖縄で生産性格差がなければ,産経の示唆する通り3割強($1/0.75 \simeq 1.33$)所得が上昇することになる.
  2. ただし,実際は沖縄県でもすべての産業で$w_i/w_{jp}$を使った計算をしているわけではない.高知県方式と差があるのは,不動産,運輸,情報通信,サービス業の中でも一部の産業に限られる.かなり多めに見積もってもこれらの産業が全産業に占めるシェアは5割に満たない.そのため,せいぜい$33/2$で2割弱程度上昇するにとどまると考えられる.
  3. なお,上で議論していた$Y$はgrossのoutputであり,value addedではない.outputが2割弱上昇し,input(およそoutputの4割程度)が不変の場合,value addedは3割程度上昇することになる.
ちょっとしたコンセプトの修正で2, 3割も数字が動くのはいかがなものかと思うが,全国並にキャッチアップして$w_i/w_{jp}$を1に近づけることは大きなインパクトを持つと考えられる.

那覇浦添都市圏に住んでいる実感としては,たしかに沖縄が全国最下位とは思わない.どこかに統計上のエラーはあるだろう.とはいえ,必ずしも適切とは言えない手法を強引に適用したら計算上は今より3割所得が高い,と言われてもバカにされたように感じる沖縄県民は多いのではないか.

5. まとめ

以上の議論を簡単にまとめる:
産経は,沖縄県が高知県と同じ計算方法を選べばもっと所得が高いと言っている.しかし,高知県の計算方法の方が適切であるとは考えにくいし,沖縄県が恣意的にナンセンスな計算方法を採用しているとも言えない(ただし産経の議論とは別の理由で,県民経済計算を質の高い統計と思っていない).高知県も計算方法を沖縄県と同様のものに変更した.


長くなったのでこのへんで.
この記事を書いた記者は最近新たに香ばしそうな沖縄統計ネタを書いているようなので(というよりそっちの方について問い合わせがあったのが今回の執筆のきっかけである),気分が向いたらそちらも検討してみたい.

(産経にマジレスすると私を工作員であるかのように書きたてる変な人達がうようよ湧いてきそうなポイズンなご時世であるが,政治的な何かには巻き込まないでいただきたい.)

参考文献
Jones, Benjamin F. 2014. "The Human Capital Stock: A Generalized Approach." American Economic Review, 104(11): 3752-77.