Sunday, April 29, 2018

加藤ほか(編)『沖縄子どもの貧困白書』

さらに読書メモ.
  • 加藤彰彦ほか編『沖縄子どもの貧困白書』かもがわ出版, 2017年.
ここ数年沖縄では子供の貧困に関心が集まっている(なお,私は「子ども」表記は馴染めないので以下「子供」と記す).貧困研究で著名な阿部氏を始めとするチームでの調査が沖縄でなされ,子供の相対的貧困率が29.9%と衝撃の数字も出た.

この相対的貧困率を算出するにあたって,市町村が持つ税務データを収集している.せっかく大規模でリッチな個票データを集めたのだから,相対的貧困率という解釈が必ずしもstraightforwardでない指標を1つ弾き出すだけでなくもっと詳しく多面的に分析してくれよ,と思うが,この白書の中には相対的貧困率を作るのに苦心した話はあるがそれを使った分析は見られなかった.残念である.
公益性の高い学術研究には,センシティブな情報であってももっと利用できるようになればいいのに.たとえ公にできないとしても,ここで集めた情報にもとづいて貧困対策のRCTと追跡調査を行ったほうがよいと思う.

相対的貧困率を算出した調査とは別でアンケート調査を行っており,その結果を利用した分析も載っている.しかし紙面が限られていることもあり,統計データからは大して何も明らかにされていない.
(もちろん,このアンケート調査で示唆されているように,貧困がsocial exclusionのリスクを孕むことは重要である.データが持っているであろう情報が適切に抽出・プレゼンされていないと感じたということ.)

本白書は貧困現場のルポで充実している.他方で,貧困を生み出す背景についての経済学的な分析が欠けているのが残念である.それどころか,
新自由主義とは,経済のグローバル化が進むなか,民間企業がグローバル競争を勝ち抜くことに依拠して社会の基盤を維持しようと考え,企業が十全に活動を展開し利益を上げることができる条件を整えるべきであるとする考え方や,その考え方にもとづく諸施策のことです.(p.260)
などと頭が痛くなるような藁人形論法で,新自由主義が非正規雇用を増やし地方の教育や福祉を悪化させたと示唆されている.編集者の一人も
経済的利潤や能率,効果ばかりを求める動きも強くなってきています.基準に合わない,役立たないと人を切り捨てていく文化も,私たちのなかに生きています.(p.276)
と,セーフティネットを破壊するものとして経済活動(の一側面)を捉えている.貧困は疑いなく経済問題であり,経済学への理解が不可欠に思うのだが..


貧困の原因分析や貧困対策政策の評価が十分になされていないため,貧困対策への<提言>もちぐはぐに感じる.<提言> (なんだこの不等号は)を手短にまとめると以下の通り.
  1. 既存の支援策の周知
  2. 通学支援: 交通費補助
  3. 進学支援: 奨学金
  4. 雇用環境改善
  5. 乳幼児・シングル親支援
  6. 既存の支援策の整理
  7. 総括組織の強化
  8. 条例の策定
  9. 調査の継続

アンケート調査では食料を買えなかった経験を持つ子供がたくさんいる!とレポートされている(し沖縄の食料価格は全国より高いとも言及がある)一方で,なぜか<提言>では食費(や無条件現金給付)ではなく交通費の補助を挙げている.徒歩通学者や未就学児童にはほぼ無意味な上,就学や進学を妨げる制約条件をうまく緩和することが期待できるわけでもなく,特定業界への利益誘導の隠れ蓑にさえなる悪手ではないかと感じた.交通費が家計を圧迫しているとしても,子供のバス代よりも自家用車のランニングコストのほうが交通費の大宗を占めるのではないかと思うのだが.
白書の中にほとんど出てこない交通費への補助を明記する一方で,白書の中でたびたび言及されるソーシャル・ワーカーについては表立って言及されていない.ちぐはぐな印象を受ける.


対貧困政策には"More than good intentions"を心に留めておくべきだと思う.現場の悲惨さを目の当たりにして心動かされたとしても,それだけではうまく貧困を解決することはできない.私はMore thanの部分を知りたいのだけれどこの本の焦点はgood intentionsにあった.

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