Thursday, November 21, 2013

学問と社会

恐ろしいことに,学問と社会というタイトルのオムニバス講義で一席ぶってきた.私の研究に対するスタンスが"beyond dilettantism"という言葉に集約されることもあってか,素人の素朴な直感や常識や信念をバッサリ否定するような調子になってしまった.

実は,専門家なら知っているが,素人はよく知らないものがある.素人が想定している以上に,専門家は物事をよく知らないということだ.専門家の知見が及ぶ範囲には限界がある.

そう考えてみると,専門家たちが自分の知らないところで社会を万事うまいこと切り盛りしている,などと経済政策を丸投げするのは貧しい態度ではないか. アマチュアなりにプロに批判の眼差しを向けることは,成熟した民主社会を形作る上で不可欠な要素だと思う.

経済政策をめぐって学問と社会の緊張関係を論じた書籍では,猪木 (2012)が秀逸である.経済学をしっかり学んだ人ならば,至福の読書体験を味わえるはずだ.経済政策IIの副読本としても強く薦めたい.

今日の講義では,経済学のターゲットはあくまでも人間や社会であって,数学そのものではないという点を強調した.一例として経済学史上屈指の巨人マーシャルの『経済学原理』から一説を引用してみよう:
In all this they deal with man as he is: not with an abstract or "economic" man; but a man of flesh and blood.
(拙訳: 経済学が分析するのは,あるがままの人間である.抽象的な存在でもないし,「経済人」でもない.血肉の通った人間だ.)
経済学では数学が多用されるものの,現実離れした数学マジックで遊ぶことをよしとする学者ばかりではない.象牙の塔でぬくぬくやる学問,なんて偏見を持たないで学んでほしい.

また今日の講義では,データをいい加減に扱うことはmostly harmfulだという話もした.データをちゃんと扱うには統計学や計量経済学を丁寧に勉強し,実際にコンピューターを走らせ試行錯誤することが必要である.統計の学習は数学が苦手な学生にはかなり荷が重いかもしれないが,内田・兼子・矢野 (2012) などのレベルであればなんとか手が出せるかもしれない.

参考文献:
  • Alfred Marshall (1890) Principles of Economics. London: MacMillan and Co.
  • 猪木武徳 (2012) 『経済学に何ができるか: 文明社会の制度的枠組み』中央公論社
  • 内田学・兼子良久・矢野佑樹 (2012) 『ビジュアル ビジネスに活かす統計入門』日本経済新聞出版社

No comments:

Post a Comment