Sunday, June 28, 2020

戦前沖縄のGDPに関する富永推計について1

野暮用で調べ物をしている。
富永 (1995) で戦前の沖縄のGDPを推計していることに気づいた。しかしなにやらおかしな議論に感じたので、疑問点を備忘のため書き留めておきたい。
  • 富永斉 (1995) 『沖縄経済論』ひるぎ社
一部のチャプターは琉大の紀要に原典があるそうだが、電子で手に入らなかったこともあり未確認である。
あいにく細かく読んではおらず、以下はパラパラめくっての乱暴な感想。

1. 富永推計の概要

富永いわく、琉球処分後(1885年)の一人あたり県民所得は、全国の所得(データの都合で国民純生産を使っている)の75--80%程度だったとする。宮城 (2018a, b) などはこの推計に依拠して議論をしているし、高良 (2017) など歴史プロパーの文章でも引用されてる。

なぜ75--80%なのか。
  • 1930年代は全国比で35%程度である (と琉球政府が言っている)。
  • 実質成長率が年率1.3%程度である。
    • マルサスの罠で、人口成長率と実質成長率がほぼ同じ、実質一人あたりはゼロ成長、と考える。
  • 30年代から過去を外挿すると、1885年時点で75--80%程度の格差となる。 
    •  1885年時点で50%ぐらいの格差だと、産業革命期のイギリスを超える成長率になりおかしい。
といったところである。

2. 違和感

しっくりこない理由を挙げておく。
  • 実質成長率1.3%は、1920--40年の5年おきのデータ (n=5)を時間トレンドのみのOLSから求めている。うーん。
    • 1920--30年代はソテツ地獄や昭和恐慌の時期である。この時期に沖縄が長期トレンド上にあると想定し、直線でエイヤっと外挿するのは厳しいのではないか。
      • n=5だと、一つ観測が増えるだけで大きく結果が変わるだろう。75--80%という予測の幅は、予測直線をどこから伸ばすのかという恣意性から出てきている。統計的な予測誤差ではない。75--80%±50%ぐらいのざっくりした見込みにすぎないのでは。
    • 30年代が潜在水準を下回る状態だとすると、1885年時点の格差はもっと縮まる、場合によっては沖縄のほうが豊か、というおかしな結論になってしまうのでは。
  • 産業革命期イギリスの成長率を2%と言っているが、その根拠と思われるDeane-Cole推計は、Crafts (1985) and Crafts and Harley (1992)でかなり下方修正された。これは西洋経済史で広く知られていることのような。
    • 「イギリスより低いはず」という理屈に乗っ取ると、やはり1885年時点で沖縄のほうが全国より豊か、という変な結論になり得るのでは。
  • 全国より成長率が低いはずだ、という仮定が結論にほぼ直結してる。そしてこの仮定に十分な正当化がされていない。
    • 全国は産業革命で伸びた、沖縄は産業革命がなく伸びない、ではちょっと雑すぎる気が。イギリスでさえたいして伸びていないのに。
  • GDPデフレーターを全国と同じものを用いている。沖縄と全国で財のバスケットが似通っていればそれでいいのかもしれないが、たぶんそうではないだろう。
    • 当時は非貿易財がめちゃくちゃ多いはずなので、Balassa-Samuelsonみたいな議論は不可避だと思われる。
    • そもそもデフレーターはインプリシットに決まるものということをあまり理解されていない気が。
  • マルサスの罠がバインドしている根拠ってどこにあるのだろう。
    • subsistence levelの生活になることを回避すべく、昔の人々は出産抑制策を講じて生活水準を高めていた、というのが速見融ら歴史人口学の知見ではなかろうか。江戸~明治頃の沖縄に似たような人口成長抑制デバイスがあったのかはわからないが。重たい人頭税で堕胎や嬰児埋殺などはあったようだが(大浜 1971)。
  • 廃藩置県直前の様子 (松田道之の記録など) からすると、75--80%というのはやはり過大評価な印象があるがどうなんでしょ。
  • 歴史的データがはらむ測定誤差の問題にあまり詳細な批判的検討がなされていないように見える。

Reference
  • Crafts, N.F.R., 1985. British Economic Growth During the Industrial Revolution. Oxford University Press, Oxford.
  • Crafts, N.F.R., Harley, C.K., 1992. Output growth and the British Industrial Revolution: a restatement of the Crafts–Harley view. The Economic History Review 45, 703–770.
  • 大浜信賢 (1971) 『八重山の人頭税』 三一書房
  • 宮城和宏 (2018a) 「沖縄経済の成長と生産性に関する実証分析」 in 宮城和宏・安藤由美 編『沖縄経済の構造: 現状・課題・挑戦』編集工房 東洋企画
  • 宮城和宏 (2018b) "沖縄経済の成長, 生産性と 「制度」 に関する一考察." 地域産業論叢 14: 1-31.
  • 高良倉吉 (編) (2017) 『沖縄問題: リアリズムの視点から』中央公論新社

No comments:

Post a Comment