Sunday, April 24, 2022

2022都市経済学講義メモ1

 新しく「都市経済学」という半期の専門科目を持つことになり,講義資料をいちから作成している.講義のストラクチャーを独り言のようにしてメモに残す.


1. 特色

都市経済学の既存の定番テキストは,すぐれた理論家たちが書いていることもあり,理論の比重が大きい.講義では実証研究(結果というよりデザイン)を紹介し,実証マインドも育てていく.

学生はラグランジュ乗数法あたりまで知っていて統計学は必修のようなので(経済学以外の専攻だとだめそうだが),難易度は佐藤先生の『招待状』と高橋先生の間ぐらいを目指す.


2. ガイダンス

都市は学際的な分野である.今どきの経済学的なアプローチは,最適化・均衡・経験主義が他分野との違いである.本講義も今どきの流れに乗る.


伝統的な都市経済学 (AMMも当時はNew Urban Economicsと呼んだそうな) は,土地利用の秩序を簡素なモデルで表現することに大きな関心があった.Von Thunen『孤立国』が元祖で,Fujita and Ogawa (1982) はこの流れの金字塔的作品である.


AMMのような枠組みでは,アクセシビリティが鍵である.不動産の価格は土地や住宅という希少で異質な資源を配分するシグナルである.アクセスの良い場所は高まる効用を打ち消すように (∵ 空間均衡) して住宅価格が高まり,高い住宅価格を支払ってもよいという人が住むようになる,など.そういう次第で,アクセスと家賃にトレードオフが生じる.


同時に,「アクセスも悪いし家賃も高い」「アクセスがよく家賃も低い」ようなものは均衡にならない,という予測も立つ.そうした住民は最適化に失敗している (ように分析者が見える) からだ.

Hamilton (1982) は,AMMの理論から予測される通勤距離が,実際の通勤距離の1/8程度しかないことを日米のデータで指摘した.8倍は誤差というには大きいだろうということで,過剰通勤パズル (wasteful (excess) commuting) と呼ばれる.

  • 学生には理論と実証の緊張関係を意識してほしい.
  • 個人的にはHamiltonの計算はあやふやで解釈が難しい (結局どういう仮定に依拠した数字なのかぱっと見わからないのも気になる) ように感じる.それでも,エクイティ・プレミアム・パズルなどのように,モデルの限界がわかればこそその後の発展につながるものである.
  • もうひとつ個人的には,AMMは均衡外の調整過程が非現実的すぎると昔から感じている.このあたりを利用してうまいことパズルを作れないだろうか…

過剰通勤パズルを説明する要素はいくつも考えられるが,ひとつは,人々は通勤経路を最適化できない,というものである.最短経路問題はそう簡単に人力では解けないし,Googleマップは,そのルートを実際通るときの安全性までは教えてくれない.

Larcom et al. (2018) は,ストライキによる駅閉鎖を外生的な変動にして,通勤経路を見直さざるを得なかった人とそうでない人を比較した.結果,人々(の5%ぐらい)が通勤経路を最適化できていなかったことを示した.つまり,通勤経路をたまたま見直したら,もっといい経路を見つけ,ストライキが終わった後も新しく開拓したルートを選び続けた,というストーリーである.

  • こうした最適化のエラーは,路線図が歪んでいる場所ほど大きい,とのことである.たしかに,路線図はデザインの都合で実際の地図とは対応していないものである(山手線が真円でも等間隔でもないのに路線図は…,など).
  • Larcomらの論文は,事前のパラレルトレンドがかなり説得的に見えることが一つの強みである.


Reference

Fujita, Masahisa, and Hideaki Ogawa. "Multiple equilibria and structural transition of non-monocentric urban configurations." Regional science and urban economics 12.2 (1982): 161-196.
Hamilton, Bruce W., and Ailsa Röell. "Wasteful commuting." Journal of political economy 90.5 (1982): 1035-1053.
Larcom, Shaun, Ferdinand Rauch, and Tim Willems. "The benefits of forced experimentation: striking evidence from the London underground network." The Quarterly Journal of Economics 132.4 (2017): 2019-2055.

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