Tuesday, February 7, 2017

沖縄の経済, 準備編5: 参考文献

タイトルがまだ「準備編」だけど成績評価を終えたところである.新規開設講義だったがなんとか終えることができた.本書いてとリクエストされたが,さすがにそれは遠慮したい.講義資料は,間違っているところもところどころあるけど,しばらく公開したままにしておく.

本講義では様々な学術論文を下敷きにして,沖縄の経済について考える視座を紹介してきた.今回のエントリでは講義の流れを振り返りながら元となりそうな論文を紹介し,私の想定している枠組みの種明かしをしておく.
来年度この講義を不開講とするため,個人的な備忘録が必要だという事情もある.海外の大学ではシラバスに参考論文リストがどさっと並んでいることがよくあるが,それに近い役割も兼ねている.
ちょっと長い雑多なエントリになる.

スライド1
講義前半のテーマは沖縄の貧しさであった.
貧しくても清く正しく工夫して楽しく生きていくことはできる.しかしだからといって,所詮は他人事,と貧しさを放置することは私にとっては不愉快なことである.貧困を克服すべき問題として真剣に考える,私なりの参照点は次の二冊である.
  • A. セン (1999) 『不平等の再検討: 潜在能力と自由』 岩波書店
  • S. ムッライナタン, E. シャフィール(2015) 『いつも「時間がない」あなたに: ⽋乏の⾏動経済 学』 早川書房
このあたりを講義でかすかに触れておいたのは,貧困への支援って余計なお世話じゃないの,と以前学生に言われたのが未だに心に残っているからだ.

児童労働の議論で,貧困世帯の母親に少額の現金給付を行うだけでも児童労働削減には大きな効果ありという論文を紹介した.欠乏を埋め,少し余裕を持たせるだけでも人々は行動を良い方向に変えることができるのかもしれない.
  • E.V. Edmonds and N. Schady (2012) Poverty Alleviation and Child Labor. American Economic Journal: Economic Policy 4, 100-124.
講義でやや無理をして児童労働を取り上げたかったのは,少し前に職場の近くの軽食屋で,小学生ぐらい小さい子供たちがそのお店のビラ配りをしていた時期があったからだ.そのお店はもう潰れたが,とても印象深かった.高校生の時期にバイトをしていた学生も数多くいるし,母子家庭・父子家庭の学生も珍しくない.
巷にあふれる沖縄の貧困ルポルタージュでも母子家庭世帯は目立つ(最近だと,上間陽子 (2017)『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』太田出版).既存のセーフティネットでは脆弱な個人を救いきれてない.


スライド2
貧しいと一口に言っても異質性がある.沖縄の所得分布を見ると,中間層が薄く低所得者層が多い.ミドルクラスの意義は
  • A.V. Banerjee and E. Duflo (2008)  What Is Middle Class about the Middle Classes around the World? Journal of Economic Perspectives vol. 22, no. 2, Spring 2008
にまとめられている.起業家は中間層から出てくる,中間層は貴重なインプットでもあると同時に目の肥えた消費者でもある.
中間層の動向は中位投票者定理を挙げるまでもなく政治を左右するだろう.最近の米大統領選では,技術進歩とグローバル化で割を食った,中間層の白人男性たちの支持を得てトランプが勝利を収めた.沖縄の政治を理解する上でも,所得分布の状況を押さえておくことは大切である.


それとは別に,技能を持たない中低所得者が多いことで,技能をさほど必要としないタスクや産業に沖縄が比較優位を持つことにもつながっているだろう.以前ゼミ論文で沖縄ではunskilled-biased technological changeが起こっている可能性を明らかにしたが,高い技能を持つ人材を寄せ付けない環境が沖縄の成長可能性を押し下げている気もしている.

沖縄の物価が本当に安いのか,財のアクセシビリティを考えたらまるでそうではないだろう,というのは空間経済学ではおなじみだが,Handbury and Weinsteinがサポーティブなエビデンスを提供している.
  • J. Handbury and D.E. Weinstein (2015) Goods Prices and Availability in Cities. Review of Economic Studies (2015) 82, 258–296.

もう一つ沖縄の貧しさを考える上で大切な特徴は,実質所得の成長経路であった.戦後の成長経路を見たときに,沖縄は単に初期条件が悪いだけで,成長率は全国と酷似している.初期条件さえコントロールしてしまえば,戦後沖縄の経済成長に特殊なところはほとんど残らない.(酷似しすぎていてかえって怪しい.)
統計学や経済学の知識がない人はこうしたファクトが何を意味するのかよくわからないので,とにかく沖縄にとって不利に働きそうな何かをあげつらい,それが沖縄の後進性の原因だと性急な断定をしてしまいがちだ.残念ながら,現在沖縄経済を語る論者のほとんどはこれに当てはまるようである.

成長率が他地域といっしょでレベルが初期条件や地域特殊なパラメーター(貯蓄率,投資率,技術受容能力や輸送費用など)に依存,というのは開放モデルの均斉成長経路でありそうな性質である.これは成長率が内生な枠組みでも言えて,たとえば以下の論文がある:
  • A.M. Santacreu (2015) Innovation, diffusion, and trade: Theory and measurement. Journal of Monetary Economics 75 1-20.
個人的には成長の問題を心の問題のような精神論に帰するのはかなり無理があると思っている.ただし,マックス・ウェーバーのプロ倫を筆頭に,文化や精神はまったく無視していい要素とは言えない.Alesinaらがサーベイを行っているように,最近は精神世界も流行のトピックである.
  • A. Alesina and P. Giuliano (2015) Culture and Institutions. Journal of Economic Literature  53, 898–944.
そうはいっても,精神論を抜きにした経済学で何をどこまで説明できるか,を整理することが優先課題だと思う.心の問題が好きな人たちは,経済学や統計学の難しい話はよくわからないからと別の切り口に逃げているだけだと思う.


スライド3

スライド3では単純化したSolowモデルを使って,convergenceや資本蓄積を無理矢理教えた.なんだかんだでSolowモデルは私の思考の原点にある気がするからだ.あいにく沖縄を理解するにはSolowモデルからもっと先に進まないといけないのだけど.
私の成長観は学部生の時に読まされた,初めて成長論に触れた本であるHelpmanに影響されている.
  • E. Helpman (2004) The Mystery of Economic Growth. Belknap Press.


スライド4
スライド4では,初期条件の低さがどこに由来しているかを,琉球王国時代にさかのぼって考察した.とりわけ,Acemogluの有名な研究を念頭に置いて,沖縄が中国のinstitutionの影響を受けたことと近代日本のinstitutionへの適応が遅れたことを取り上げた.AJRの分析自体は後年疑問符がつきまくったものの,エッセンスは説得力があると思っている.
  • D. Acemoglu, S. Johnson, and J.A. Robinson (2001) The Colonial Origins of Comparative Development: An Empirical Investigation. American Economic Review 102, 3077-3110.
中国からすると沖縄は海禁政策中に日本などと貿易するためのデバイスでしかなく,沖縄に自身の制度や教育を移植しようとするつもりも,収奪するつもりもないどうでもいい存在だったのではないだろうか.琉球王国の成立と中国の貿易政策の関わりについての私の見方は,来間に負うところが大きい.もちろん,歴史プロパーでもない議論を過信はしないが.
  • 来間泰男 (2014) 『琉球王国の成立〈下〉: 日本の中世後期と琉球中世前期』 日本評論社
中国が収奪したわけでないならば薩摩や明治政府,アメリカはどうだろうか.この点については下調べが間に合わず講義ではスルーした.
既存の沖縄歴史研究の中では,明治政府が沖縄民衆を収奪したかどうかでという異なる見解があるようだ.人頭税に代表されるような租税制度や,地割制と呼ばれる土地所有権制度を巡って緒論あるようだが,史料の片言隻句のみから収奪の証拠を見いだすのは難しそうだ.

今のところ私は,前近代的な所有権制度,亜熱帯気候,フロンティアと隔絶した地理的距離,といった要因が沖縄の農業部門や教育に負の影響を与えたと考えている.初期条件の悪さはfirst natureを反映している.

講義ではスライド2~5にかけて,歴史依存性から沖縄経済の流れを理解できるかもしれないという見方を示した.歴史依存性については,理論的にはKrugmanの初期NEG論文群を漠然と想定している(複数均衡や均衡選択といった論点は講義ではスルー).近年では歴史依存性の実証もいくつかあり,簡単に紹介した.
  • P. Krugman (1991) History versus expectations. Quarterly Journal of Economics 106, 651-667.
  • N. Nunn (2008) The Long Run Effects of Africa's Slave Trades. Quarterly Journal of Economics 123, 139-176.
  • F. Wahl (2016) Does medieval trade still matter? Historical trade centers, agglomeration and contemporary economic development. Regional Science and Urban Economics 60, 50–60
また,進貢船の技術受容に絡めて,キャッチアップするためのabsorptive capacityが足りないし,その基盤となる教育が足りないかも,という議論を行った.この手の議論で代表例は以下の論文だ.
  • R.R. Nelson and E.S. Phelps (1966) Investment in humans, technological change, and economic growth. American Economic Review 56, 69-75.
  • W.M. Cohen and D.A. Levinthal (1989) Innovation and learning: the two faces of R&D. Economic Journal 99, 569-596.
  • S.L. Parente and E.C. Prescott (1994) Technology adoption and development. Journal of Political Economy 102, 298-321.
  • D. Comin and B. Hobijn (2010) An Exploration of Technology Diffusion. American Economic Review 100, 2031-2059.
個人的な印象としては,沖縄県民の模倣能力・インセンティブが低いことと,技術フロンティアから差がありすぎることの2つがキャッチアップを妨げる要因となっていると思う.単に模倣能力が低いわけでない.沖縄では身の回りにいる企業の素朴な技術はすぐ真似をする.居酒屋のメニューなんか,それこそAghion-Howittみたいにイノベーションに成功し独占利潤を享受しても,1期後にはcompetitiveになっちゃう(!).でも,内地や世界で生み出されている複雑なアーキテクチャまでは真似出来ない.所得が低くたいしたものを輸入しない上バリューチェーンと疎遠なこともあり,輸入外来品にembodiedされた技術を目の当たりにする機会も少ない.

戦前の貧しさを象徴する例として,沖縄から南米への移民流出も取り上げた.移民やその送金については,Starkのnew economics of labor migrationを意識している.
  • O. Stark (1991) The Migration of Labor, Cambridge, Mass.: Basil Blackwell.
沖縄の自立と経済発展に関する論考として経済学者が書いた貴重な?ものとして嘉数(1985)があるが,この中には移民の送金が貿易赤字のファイナンスに使われたとの記述もある.
  •  嘉数啓(1985)「沖縄経済⾃⽴への道」新沖縄文学
嘉数(1985)はNurkseに依拠しながら産業構造の高度化と成長について論じている.その妥当性については別の機会に詳しく論じたい.(こういうものは文芸雑誌に書かないでせめて紀要に出せばいいのに…)


スライド5

沖縄の経済論壇では,上述の嘉数(1985)を始めとして産業構造についての議論が多くある.典型的には,製造業がない,観光サービスやりすぎ,域内で中間財を調達できないので「経済効果」が域外漏出する,といった具合だ.スライド5では製造業の立地を軸に,沖縄の産業構造について考察している.

ここ数年産業構造についての研究をしているのでいろいろ思うところはあるが,モダンな論文の中で沖縄に重要な含意を持ちそうなものを挙げてみる.
  • K. Matsuyama (1992) Agricultural Productivity, Comparative Advantage, and Economic Growth. Journal of Economic Theory 58, 317-334.
  • K. Matsuyama (2002) The Rise of Mass Consumption Societies. Journal of Political Economy 110, 1035-1070.
JETのほうを平たくまとめるとこうだ.農業生産性が高いと,食糧問題を解決し所得が高まり製造業が発展する土壌ができ成長する,というのはありがちな議論だ.しかし開放経済であることをちゃんと考えると,逆に,農業に比較優位ができてしまい工業化が遅れてしまうだろう.沖縄に当てはめると,観光に資源が取られてしまい成長が抑制されがちなのかもしれない.

沖縄経済論壇でも,こうした産業間のミスアロケーションとその動学的粘着性(サービス業が「肥大化」し「固定化」している,などと言われている)がよく語られている.しかしあくまでもアネクドートの範疇に留まっている.
理論的根拠を持って議論したいことと,製造業のlumpinessについては空間経済学の中心的課題であることから,スライド後半ではNTT・NEGの議論も簡単に紹介した.

松山先生の2002年JPEのほうでは,発展段階説と雁行形態論の理論化を行っている.最近の沖縄県政は政策の理論的背景として雁行形態論らしきものを想定しているようである.ただ,政策的含意についてはあまりにも飛躍が大きすぎて私はまるでついて行けない.比較優位を持つセクターは時代とともに変わっていくのだから,特定の産業を重点的に振興しよう,という議論はちぐはぐに感じる.

沖縄の産業構造はサービス業に偏っている.そうはいっても,サービス業にもいろいろある.ペティ・クラークの法則みたいな単純な図式だけでは見えない要素も大切なはずだ.たとえば,必要な技能や移輸出ステータスに差があると,同じ第三次産業でも含意が変わってくるはずだ.
  • F.J. Buera and J.P. Kaboski (2012) The Rise of the Service Economy. American Economic Review 102, 2540-2569.
Buera and Kaboskiでは,サービスの中でも技能集約度に違いがある点に注目している.沖縄でも,大卒が就職するような高度なサービス業は拡大しているが,学歴があまり関係しないサービス業は縮小傾向にある.

サービス業といっても,観光は移輸出産業であり,散髪や警備といった非貿易サービスとは本質的に異なる.移輸出産業といっても,工場で財を作るのとは違い,生産と消費は同じ場所で行われる.アウトソースしたり在庫したりすることは難しい.
観光が持つこうした特性については講義する前にもっと勉強しておきたいと思いつつできなかったのであまり議論はしなかった.

沖縄の経済論壇では製造業は単に「製造業」や「第二次産業」と括られて議論されがちである.本来は製造業の中の異質性にも注意が必要だと思う.沖縄の場合製造業といっても食品加工や窯業がほとんどで,技術開発ベースの先端的製造業(半導体やコンピューターや医薬品など)は皆無だ.同じセクターの中で見ても,業界トップクラスの生産性を持つ企業なんてのは県内にはいない.時間があればこうした産業内の異質性にも注意を払いたかったが,準備する時間はなかった.


地域の成長にとって人的資本が大事,ってのは山ほど研究がある.Bils-Klenowのような注意事項もあるが,人間社会では究極的には人が大事なのだと思う.最近だと以下のような研究が人的資本の大切さを改めて記述している.
  • N. Gennaioli, R. La Porta, F. Lopez-De-Silanes, A. Shleifer (2013) Human capital and regional development. Quarterly Journal of Economics 128, 105-164.
  • 同 (2014) Growth in regions. Journal of Economic Growth 19, 259-309.
  • B. Jones (2014) The Human Capital Stock: A Generalized Approach. American Economic Review 104, 3752-3777.
  • R. E. Manuelli and A. Seshadri (2014) Human Capital and the Wealth of Nations. American Economic Review 104, 2736-2762.
人的資本を蓄積する土壌を作るのは沖縄にとって大きな課題だ.

知識が地域の発展にとって不可欠なものだと信じているが,個人にとっても人生を豊かに送る上で読書が大事,ってのはほとんど疑いの余地のないことだと思っている.本棚が充実した家庭で育つと,教育のリターンが高まる,という研究もある.
  • G. Brunello, G. Weber and C.T. Weiss (forthcoming) Books Are Forever: Early Life Conditions, Education and Lifetime Earnings in Europe. The Economic Journal.
人的資本といっても単なる知識量や計算能力のような,ペーパーテストで測りやすいものばかりが大切だとは思わない.Heckmanらが説くnon-cognitive abilityを育むことは大切だと思う.個人的には好奇心も大切だと思う.器用に試験問題を解くことができようとも,与えられたものを無批判に受け止めるだけではイノベーティブな何かを成し遂げることは難しいのではないか.受講者の好奇心を刺激する講義になったことを祈るばかりだ.(いつか好奇心をabsorptive capacityとは違った形で分析できたらいいとぼんやり思っている.)


スライド6

沖縄経済の論壇ではアカデミアでもその外側でも「自立」が一つのキーワードとなっている.しかし私の知る経済学で「自立」の積極的な意味を見いだすのは正直難しい.むしろ,自立だの依存だの,薄っぺらい精神論では経済の本質には迫れないと思っている.
パレート改善や経済成長ではなくなぜ「自立」を標榜しなければいけないのかに,経済学者ならばちゃんと答えなければいけないと思う.私は「自立」は(適切に定義できたとして)経済成長の必要条件とは思わないし(どちらかと言えば貧困の産物であって原因ではないと感じる),沖縄が抱える諸問題の解決策でもないと思うし,実態は輸出志向産業政策の隠れ蓑として,焦点が定まらない官僚文学のネタとして機能しているにすぎないと思う.
この講義の後半戦は,自立を巡る議論とその考え方について取り扱った.ただ,まだまだ消化不良なコンテンツであったことは否めない.

スライド6では財政面での自立・依存の状況を数字で確認した.自分なりの見識や信念はこれといって定まっていないし制度のdetailに詳しくない.ぱらぱらとめくったのはBoadway and Shahである.
  • R. Boadway and A. Shah (eds.) (2007) Intergovernmental Fiscal Transfers: Principles and Practice.  World Bank.
私は政府がみなbenevolentで情報が完全,という世界を信じるほどナイーブではない.ポリエコに対する見方は
  • T. Besley (2006) Principled Agents? The Political Economy of Good Government. Oxford University Press. 
などに影響されていると思う.

大がかりな沖縄振興策が沖縄をbig pushできるのかといえば,答えはノーだと思う.
  •  A. Kraay and D. McKenzie (2014) Do Poverty Traps Exist? Assessing the Evidence. Journal of Economic Perspectives 28, 127-48.
  • B.S. Graham and J.R.W. Temple (2006) Rich nations, poor nations: how much can multiple equilibria explain? Journal of Economic Growth 11, 5-41.
Kraay and McKenzieでは,貧困の罠なんて現実には一部の例外を除きほとんどないんじゃねーの,という議論をしている.Graham and Templeでは複数均衡あっても別の均衡を簡単に計算できるようなモデルだが,全国と沖縄の差はどの均衡にいるか,と主張するのはちょっと大げさすぎる印象である.
とはいえ,ここ数年沖縄は数字上は急成長しており,従来いた均斉成長経路から別の経路に移行途上にあるような気もする.ただしこれが沖縄振興策によるプッシュのおかげかどうかは不明だしどこまで急成長を続けられるかはわからない.

「自立」や依存が本質的に大切な切り口ではない,と思っていたので財政面での依存度について簡単にデータも概観した.依存度自体はあまり関係ないのでは,というやや先走った結論を紹介したが,temporaryなショックにはあまり反応しない,というだけのような気もする.講義ではpreliminaryな結果は紹介しないほうがよかったと反省している.

沖縄の政策について貴重な研究があったので紹介した.
  • 沖山充, 池川真里亜, 徳永澄憲 (2015) 「沖縄の自立型経済振興のための財政措置の効果分析:多地域間CGEモデルを用いて」RIETI Discussion Paper Series 15-J-038
ベースラインでは補助金の便益>費用という結果になっている.この分野をあまり知らないのでメカニズムがよくわからないけど,失業を解消することと失業給付を減らし制度的歪みを減らすことで厚生改善の余地ができるということだろうか? (ついでに経常バランスのところもよくわからない.)


スライド7

4年前に赴任し国際経済学の講義準備をしていたとき,沖縄の経常バランスを見て「これは奇妙だ」と思ったのを今でも覚えている.
スライド7では,沖縄の国際収支(域際収支)を丹念に整理した.沖縄の国際収支は米軍基地への存在感が大きいことを匂わせている.

私の国際収支の理解は,Obstfeld-Rogoffのような異時点間最適化モデルがベンチマークになっている.あくまでもベンチマークであるが,それなりに実証的にも支持される知見をもたらしてくれる.
  • G. Corsetti and P.TH. Konstantinou (2012) What Drives US Foreign Borrowing? Evidence on the External Adjustment to Transitory and Permanent Shocks. American Economic Review 102, 1062-1092.
ただ,沖縄の国際収支は国からの所得・資本の移転や米軍基地という外国からの要素所得が大きく,parsimoniousな経済モデルで理解できる余地は狭いような気もしている.
それでも,輸出産業を育成したり輸入代替を目指したりすれば貿易収支を黒字化できて経済効果の漏出を防げる,みたいなわけのわからない議論と距離を置けるのはモダンマクロを学んだ成果だろうか.

沖縄で貿易赤字の原因は政府が資金を使いすぎているせいではないか,という話をしたが,これには確信はない(双子の赤字云々(でんでん)の議論は追う時間がなかった).しかしもしそうなら,貿易収支のバランスという意味での「自立」を目指してせっせと産業政策をし政府支出を増やすとかえって貿易赤字となる,という皮肉なことになる.


その他積み残した課題
触れたかったけれど時間が足りなかったテーマはいくつかあるが,とりわけ沖縄の金融市場について謎のままだったのは心残りである.地銀と公庫を中心とした間接金融が貯蓄から起業家へ金融仲介機能をうまく果たしているか,非対称情報や取引コストを軽減してくれているか,ローンを組成・保有するキャパシティをもって貯蓄をモビライズできているか,リスク分散を通じてハイリスクな投資を促すことができているか,など気になる論点はいろいろある.

沖縄の土地・住宅市場についても調査したいと思った.市場機能が欠如しまくっている予感がかなりするからである.沖縄では軍用地主が無視できない政治的パワーを行使している.ポリエコな視点からの精査が求められる.

沖縄の社会関係資本や社会ネットワークについて議論してもよかった.私のルーツは離島なので,島嶼におけるstrong tieベースの生活には関心が尽きない.





レポートの中で,私が思う沖縄がやるべき事は何か,という質問があった.あいにく政策提言にはあまり関心がない.学者として責任も持てない.
とはいえそういう言い訳ばかりしてもしょうがないので,ゆるやかなヒントを以下に回答しておく.

大きな方向性としては人を育てることと,経済的摩擦・政治的浪費をなくすことが大事だと思うんだけど,そういうbig pictureは脇に置いて,今すぐにできる小さいことなら,統計データの整備・拡充だと思う.

たとえば今沖縄では子供の貧困にフォーカスが当たっていていろんな対策がなされているのだけど,事後評価は科学的なインパクト評価について縁のない「有識者」たちの会議でなされるばかりで,本当に意味のある政策がなされているのか判断しようがない状況にある(らしい).
介入を受けた(&受けなかった)子供たちの状況を長期的に追いかけたマイクロデータを蓄積しておくことで,沖縄は世界の注目を浴び得る知的遺産を残すことができるのではないかと思う.

沖縄は他の都道府県と比べて地域レベルの統計データはまだ充実している方だと思うけど,そもそも日本が世界と比べて遅れているので,全国の一歩先を行くべきだろう.データの正規化とか基本から始めてほしい.


もう一つ政策提言というか若者へのお願い.沖縄では若い人,高等教育を受けた人,は政治的にマイノリティである.難しいことはわからない,という学生も選挙には参加しよう.


学生の皆さんへ.講義中にも言いましたが,なんやかんやで今季一番おもしろい授業でした.来年度はありませんが再来年度再び開講予定です.参加してくれてありがとうございました.

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