Tuesday, May 12, 2026

Gabaix 1999 QJEのMathematica

 数学が難しくてあまりちゃんと読まれていないと思われるGabaixのランダム成長理論.成長率が都市規模に依存しない (Gibrat) とき,都市規模分布がZipfになるというメッセージはある程度知られていると思われるが,Mathematicaでシミュレーションしてみよう.


1. reflected GBM

都市規模S_{it}が幾何ブラウン運動に従う

$$dS_{it}/S_{it} = \mu dt + \sigma dB_{it},$$

が,外生的な下限S_{min}で反射するとする.下限がないと分布が拡散し続け,定常分布を持たなくなってしまう.

パラメーターを設定する.ここがいまいちだとZipf係数は-1とけっこう乖離する.

mu = 0.001(* 期待成長率. zipfになるのはmu=0 *) 

sigma =  Sqrt[0.1] (* SD. 少し大きめにして動きを激しくする. 下限にヒットして跳ね返す必要.実証はQJEの脚註17 *)

Smin = 1 (* 反射壁, 最小人口 *)

nCities = 1024 (* 都市数 *)

tMax = 4096 (* シミュレーション期間 *)

dt = 1 (* time step *)

ブラウン運動をMapで書く.

nextSize[s_List] := 

 Map[Max[Smin, #] &, 

  s*Exp[(mu - sigma^2/2) dt + sigma Sqrt[dt]*

      RandomVariate[NormalDistribution[0, 1], nCities]]]

あとは走らせるだけ.

initialSizes = ConstantArray[1.1, nCities] (* 初期の人口. Sminの近くに設定. *);

SeedRandom["gabaix"] (* mathematicaは文字列でも乱数のseedを設定できる *)

history = NestList[nextSize, initialSizes, tMax]; 

finalSizes = Last@history;

finalSizesNorm = finalSizes / Mean@finalSizes (* 基準化 *)

プロットは

sortedSizes = ReverseSort@finalSizesNorm;

ranks = Range@nCities;

 ListLogLogPlot[Transpose@{sortedSizes, ranks - 1/2}, 

  AxesLabel -> {"log Pop", "log Rank (-1/2)"}, 

  PlotLabel -> "Zipf Plot at T=" <> ToString@tMax, 

  PlotStyle -> PointSize[Medium]PlotFit -> "Linear"



無理矢理反射させているので,bottomで崖のようになっていることが確認できる.

2. heterogeneous cities

命題2は,muやsigmaが異なっていても,それぞれGibrat則を満たしていれば集計したときZipf則が成り立つ,というものである.ここではsigmaが大きい群と小さい群の2グループに分けてみよう.

(* 2グループ *)

nCities1 = 500; nCities2 = 500;

sigma1 = 1; sigma2 = 1;

mu1 = 0.05; mu2 = 0.20; 

(*シミュレーション関数 (幾何ブラウン運動+反映壁) *)

simulateZipf[nCities_, tMax_, sigma_, sMin_] := 

 Module[{mu = -sigma^2/2, nextSize, initialSizes},

  nextSize[s_List] := 

   Map[Max[sMin, #] &, 

    s*Exp[mu + sigma*RandomVariate[NormalDistribution[0, 1], nCities]]];

  initialSizes = ConstantArray[sMin, nCities];

  Last[NestList[nextSize, initialSizes, tMax]]]

SeedRandom["eeckhout"] (* seed *)

(*グループ1 *)

group1 = simulateZipf[nCities1, tMax, mu1, sigma1];

(*グループ2*)

group2 = simulateZipf[nCities2, tMax, mu2, sigma2];

(*合計(集計)*)

aggregate = Join[group1, group2]; 

あとはプロット

zipfData[list_] := Transpose[{Range[Length@list] - 1/2, ReverseSort@list}]

ListLogLogPlot[{zipfData[group1], zipfData[group2], 

  zipfData[aggregate]}, 

 PlotLegends -> {"Group 1 (sigma=0.05)", "Group 2 (sigma=0.20)", 

   "Aggregated"}, AxesLabel -> {"log Rank", "log Pop"}, 

 PlotStyle -> {Automatic, Automatic, {Black, Thick}}, 

 PlotLabel -> "Aggregation of Heterogeneous Cities"]




3. Kesten Processes

Zipf法則自体はもっとシンプルなKesten過程でもいける (Appendix 1).

$$S_{t+1} = \gamma_{t+1} S_{t} + \epsilon_{t+1}.$$

パラメーターの設定

(*gamma は期待値が1に近いがわずかに下回るのが定常性を得る上で重要 *)

gammasigma = 0.1

gammamu = - gammasigma^2/1.25

epsilonConst = 0.01; (*加法的ショック(最小規模を支える)*)

nCities = 1024 (* 都市数 *)

tMax = 4096 (* シミュレーション期間 *)

gammaDist = LogNormalDistribution[gammamu, gammasigma];

Mean@gammaDist (* 期待値0.997004 *)

遷移を定義する:

kestenStep[s_List] := RandomVariate[gammaDist, nCities]*s + epsilonConst

シミュレーションの実行

initialSizes = ConstantArray[1.1, nCities];

SeedRandom["pareto"]

history = NestList[kestenStep, initialSizes, tMax];

finalSizes = Last@history;

finalSizesNorm = finalSizes / Mean@finalSizes;

同様にプロットすると,


毎期epsilonを加えてなめらかにbottomが形成されるので崖はなくなるし,収束も早めだが,上の例はconcaveっぽい感じで係数-1.066ぐらい (SE=.022なので-1は棄却).


Reference

Gabaix, Xavier. "Zipf's law for cities: an explanation." The Quarterly journal of Economics 114.3 (1999): 739-767.

JUE

都市・地域経済学のトップジャーナルであるJUEに論文を掲載していただきました.

Rainald Borck, Jun Oshiro, Yasuhiro Sato,

Property tax competition: A quantitative assessment,

Journal of Urban Economics,

Volume 153, 2026, 103861, 

ISSN 0094-1190,

https://doi.org/10.1016/j.jue.2026.103861.

(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S009411902600032X)

Abstract: We investigate which of four alternative taxation regimes often used in the public finance literature best approximates actual property taxation in Japan and Germany. To that end, we develop a model of property taxation and characterize equilibria under four alternative regimes: the Benthamite, rent-seeking, land-rent maximization, and tax harmonization regimes. We characterize possible sources of fiscal externalities in each regime. We then quantify the effects of switching from the observed tax system to each of the four regimes in Japan and Germany. We find that the Benthamite or rent-seeking regime best approximates the Japanese system, whereas the tax harmonization regime does so for Germany. We also quantify the welfare effects of switching to the different regimes.

Keywords: Property taxes; Tax competition; Efficiency


Thursday, April 3, 2025

大学のメールアドレスが変わります

 これまでj-oshiro@grsなんちゃらというメールアドレスを利用していましたが,ドメインの頭部分が変わります.

j-oshiro [at] cs.u-ryukyu.ac.jp

となりました.私にメールでご連絡いただける際はよろしくお願いします.grsドメインはしばらくすると使えなくなるようです.

職場が変わったわけではありません (新たに大学院で授業担当教員を務めることにはなりましたが).


Wednesday, April 2, 2025

有人国境離島法に基づく離島振興政策の効果検証

 琉球大学島嶼地域科学研究所の査読誌,Okinawan Journal of Island Studiesで特集号のゲスト・エディタを務めました.その縁で私も1つ書くことになり,実証論文を上梓しました.

Jun Oshiro (2025) "Assessing Development Policies for Inhabited Remote Islands on Borders" Okinawa Journal of Island Studies, 6, 51--79.

エディタの一人といっても,ブラインドの査読を経ての掲載です.

レプリケーション・ファイルは私のサイトにアップしています (元データは除く).


論文の大雑把なまとめ

ざっくりまとめると,有人国境離島法に基づく経済振興策に効果があったか見ました.結果,いい効果があるとは言えない,でした (効果ありと言えるだけの積極的な証拠が現時点ではない).という論文です.以下はその大雑把なまとめ.


背景など

同法は国土保全・安全保障を目的に2017年からスタートしています.

対象となる離島のうち,一部の島は「特定有人国境離島」として経済振興策が採られることとなりました.島により濃淡ありますが,交通費補助や漁業・観光振興などです.

有人国境離島の中で、振興策の有無という2群を比較しました(DID).

有人国境離島 (比較群, 黒字) と特定有人国境離島 (処置群, 赤字) の地理的配置は以下の通りです.

内閣府の資料より.

処置が地理的に固まっている (伊豆諸島を除き,指定地域内に処置群・比較群が混在することがない) のは懸念材料の一つです.あいにく本稿では島間のスピルオーバーには対処していません.

振興あり(SIB)となし(IB, 除く奄美小笠原沖縄)の人口を目で比べると,1島あたり人口のトレンドは平行に推移しているように見えます.処置後も大きく変わらず,この時点で政策効果があったとしても弱そうな予感がします.

Fig 1

目ではなく統計的に政策評価するにあたり,課題はいくつかあります.処置 (特定有人国境離島かどうか) 割付ルールが未公開,島のデータが乏しい,NもTも小さく検出力は限定的,などです.

今回はBorusyak, Jaravel, and Spiess (2024, REStud) のimputationアプローチでDIDして善処しようとしてます (限界はあり).いまどきのDIDはいろいろありますが,処置タイミングは全国一律であり,他のアプローチでもだいたい似た推定結果になりそうでした.

データは日本離島センターの『離島統計年鑑』 (2009--2022年) を利用しました.


結果など

素朴なTWFEによるDIDだと,政策効果は有意に負でした.といっても,厳しい状況の島だから処置がなされるという逆因果が疑われます.

そこで,指定地域レベルの線形トレンドをコントロールし,動学処置効果も許したDIDがメインの特定化です.おおむね有意ではないですが,ネガティブな影響にすら見えることがあります.

ウエイトなしで人口 (対数) への影響を見たのが以下のイベント・スタディ図です.

Fig 2a
事前トレンドも怪しくいまいち解釈が難しいところですが,怪しさについては人口が一定以下の島が影響していることがわかりました.たとえば2015年時点で人口20人以上かどうかで分けると以下の通りです (20人以上が左,20人未満が右).人口が多い場合は事前トレンドは悪くないように見えます.
この図は論文中にありません.

20人以下の島への効果が怪しげな雰囲気を生み出しており,20人以上いる島については比較的効果は小さい (それどころか2019, 2020年は負で有意) ようです.同様の傾向はサンプルを分ける閾値を10人以上, 5人以上などに変えても見られます.
そういうわけで,一定以上の人口規模の島については,国境離島の経済振興政策は人口に対してポジティブな効果を持ったとは言えない,というのが本稿の主要な結論になります.

では人口数十名以下の小さい離島には効果があるのかというと,私はそうとも言えないと思っています.こうした島は,処置前に急速に人口流出しており,処置する頃にはもう動けない人だけ数人残っているような状況のようです.人口下限がバインドするタイミングと処置タイミングがたまたま一致すると,処置が (いわば手遅れなのに) あたかも猛烈にいい効果をもたらした (人口減少を食い止めた) かのように見えてしまうせいだと思われます (下図のイメージ).


観光客数(対数)をアウトカムにした場合も,有意ではないけどネガティブな雰囲気がします.

Fig 3

研究潮流としては,国境離島を舞台にしたplace-based policyの政策評価,という位置づけになると思います.同時に,日本の安全保障政策を考える一つのヒントとなりえる貢献だと考えられます.


本研究は,なぜ・どういった理屈でこれといっていい効果が見えないのか,どうしたらもっと改善できるのか,といったことまでは明らかにできていません.論文中ではいくつかの可能性について議論を足しています.たとえば,PBPがいい効果を持つには,地元行政の政策遂行能力も重要だと思われますが,地方の離島だとそうしたキャパシティが不足している可能性があります.

なお,経済振興策は効果ないから早く止める・縮小すべき,ということまでは言っていません.もし政府が国境離島の振興・無人化阻止にコミットしきれていないことが問題であれば,政府はもっと経済振興策を拡充すべきだという議論をすることは可能だと思います.(私は拡充すべきとも言っていませんのであしからず.) ともあれ,離島の無人化を防ぐコストは現在投じられているコスト・エフォートよりも高い可能性があるとは考えられます.


論文には書いてませんが,消滅しそうな離島を維持する費用 (政策の経費だけでなく) がどれほどかというのは丁寧に検討する必要があると思いました (最適停止問題など).

消滅寸前の僻地に人を非ゼロにとどめる費用はこの研究では明らかにできていません (安全保障上の便益はいっそう定量化困難と思われますが).


国交省や内閣府の担当部署にインタビューにでも行けばよかったのでしょうけど,乳幼児複数の面倒を見ている中で出張は困難でした.そのうち機会があれば知らない島や行政にアクセスしてみたいと思います.

    
Reference
Borusyak, Kirill, Xavier Jaravel, and Jann Spiess. "Revisiting event-study designs: robust and efficient estimation." Review of Economic Studies 91.6 (2024): 3253-3285.

Wednesday, January 31, 2024

ReplacePartの中身, Mathematica

 Mathematicaで以前からこれが遅くなる原因ではないか…と思っていた部分を検証したのでメモ.

概要

Mathematicaの代入

expr /. {replace1 -> value1, replace2 -> value2, ...}

は,代入されるもの・代入するものが多いと遅くなる (vectorizationできるならすべき).

これの類推で,expr (ここでは行列) の一部を書き換える関数ReplacePart

    ReplacePart[expr, {{i1,j1} -> value1, {i2,j2} -> value2, ...}]

Tableを用いて

    ReplacePart[expr, Table[position[[i]] -> value[[i]], {i, Length@position}]]

のように書くのは遅くなる原因なのだろうか (7年ぐらい前に書いたコードはこれ).

MapThreadを使うとベクトルをベクトル表記のまま同じことができる:

    ReplacePart[expr, MapThread[Rule, {position, value}]]

ので,Tableを使う場合とMapThreadを使う場合で差が出るか見てみた.

結果

MapThreadのほうが1割ぐらい速かった.実行環境はやや古いiMacのMathematica14.0.0.

コード

以下コード.

pattern01[nrow_, ncol_, nreplace_, nDo_] := 

 Module[{timebegin, mat, replacePosition, newValue},

  (* record computational time *)

  timebegin = SessionTime[] ;

  (*"set seed"*)

  ParallelEvaluate[SeedRandom[1]] (* enable to be replicated *);

  Do[

   (* a matrix that I want replace with newValue *)

   mat = RandomReal[1, {nrow, ncol}];

   (* positions of mat to be replaced. 

   the number of replace is at most nreplace. *)

   replacePosition = 

    DeleteDuplicates@

     Transpose@{RandomInteger[{1, nrow}, nreplace], 

       RandomInteger[{1, ncol}, nreplace]};

   (* new values (taking Exp is optional) *)

   newValue = Exp@RandomReal[1, Length@replacePosition];(* 

   replacepart with Table *)

   mat = 

    ReplacePart[mat, 

     Table[replacePosition[[i]] -> newValue[[i]], {i, 

       Length@replacePosition}] ];,

   nDo] (* end of Do *);

   Print[ToString@(SessionTime[] - timebegin) <> " sec"];

  Return@DateString[]

  ]


pattern02[nrow_, ncol_, nreplace_, nDo_] := 

 Module[{timebegin, mat, replacePosition, newValue},

  (* record computational time *)

  timebegin = SessionTime[] ;

  (*"set seed"*)

  ParallelEvaluate[SeedRandom[1]] (* enable to be replicated *);

  Do[

   (* a matrix that I want replace with newValue *)

   mat = RandomReal[1, {nrow, ncol}];

   (* positions of mat to be replaced. 

   the number of replace is at most nreplace. *)

   replacePosition = 

    DeleteDuplicates@

     Transpose@{RandomInteger[{1, nrow}, nreplace], 

       RandomInteger[{1, ncol}, nreplace]};

   (* new values (taking Exp is optional) *)

   newValue = Exp@RandomReal[1, Length@replacePosition];(* 

   replacepart with MapThread *)

   mat = 

    ReplacePart[mat, MapThread[Rule, {replacePosition, newValue}] ];,

   nDo] (* end of Do *);

   Print[ToString@(SessionTime[] - timebegin) <> " sec"];

  Return@DateString[]

  ]

 

"Parallel Karnels" (* 使ってないけど *)

LaunchKernels[];

"run (execution requires about 20min)"

 (* 16384x128行列のうち最大1024箇所を書き換える,を65536回実行 *) 

pattern01[2^14, 2^7, 2^10, 2^16] 

(* 1420 sec *)

pattern02[2^14, 2^7, 2^10, 2^16] 

(* 1318 sec *)


その他

Parallelize@ReplacePartのようにして並列化はできなさそう.

Monday, January 16, 2023

安里・志賀『なぜ基地と貧困は沖縄に集中するのか?』

スキマ時間にちらっとめくったのでメモ.といっても,正直読むに耐えないのでちゃんと読んでません.

安里長従, 志賀信夫 (2022) 『なぜ基地と貧困は沖縄に集中するのか?: 本土優先、沖縄劣後の構造』

  • (構造的)差別の定義が変?
    • 差別とはAだ,そしてAの原因は差別だ,と結論を定義しているに近い議論に見えた (ちゃんと読めば違うかも).
    • 差別とはあってはならないこととのことだが,その「あってはならない」かどうかを誰がどういった基準で判断するのかが不明.
      • 差別に限らず,他の要因が潜在的にあってもその可能性を潰すことなく自説を都合よく当てはめるようなところが目立ち,読者は置いてけぼり.
    • 人に対する差別と地域に対する差別は分けて議論したほうがよかったのではないか.
  • 知的誠実性に疑問.
    • 学者らしき人に,あなたの言うことは間違っているとやんわり指摘されたっぽい下りがあるが,それを真摯に受け止め検討した形跡がどこにもない.
    • 他にも強い違和感のある記述があったがどれだったか忘れてしまった.
  • 経済学的な議論では,根拠が薄弱?
    • (マル経しか知らなさそうな) 素人相手に目くじらを立てるのもなんだけど,経済学っぽいトピックの箇所はほとんどの場合根拠が書かれていない・論証不足・関連するliteratureの無知,と感じた.
      • 県民のwelfareが目的になっていないのが悪い,というものの,そんなのどこの地方自治体だってそんなもんであろうし,仮にbenevolentであっても筆者の望む帰結・政策につながる必然性はないのでは…など.
      • 経済学を箔付けのためには使わないでほしい (アマルティア・センと言ってみたかっただけじゃないか? など).
    • 素人という点では,全体的に文章構成が稚拙で話が見えないので読むのが苦痛.

樋口にムカついているというのは伝わってくる (それはわかる) が,説得力という面では五十歩百歩ではないかと思った.

Friday, November 25, 2022

沖縄経済史本の改訂版が出ます

『沖縄経済と業界発展』が売れ行き好調につき,第2版が若干の改訂を加えて出版されることになりました.ありがとうございます.

過去のブログ記事: 『沖縄経済と業界発展 ー歴史と展望ー』

ISBNが新しくなり,

978-4-906-68919-4

となっています.


私の担当箇所の差分は以下のようにマイナーなものです:

  • 初版で書いた部分は一切変更していません.
    • 加筆修正したい気持ちはありますが,それは別の機会にしたいと思います.
  • 2版では,初版では抜けていた,復帰後の議論を追記しています (60--62ページ).
    • これといって学術的新規性のある内容ではありません.
私の担当箇所以外でも,ところどころ追記やデータの更新が行われています.
もし初版を持っていないのであれば,改訂版をお買い求めいただければと思います.
12月には県内書店に,もう少し経つととAmazon.co.jpなどでも購入できるようになろうかと思います (電子では出ないと思われます).



Monday, August 29, 2022

沖縄の県民経済計算のR01改定,パート1

 沖縄県の県民経済計算の最新版 (令和元年度) がリリースされていたので,どこが変わっているか簡単にチェックしている.

県民経済計算は,毎年リリースされるたび驚くような幅の改定がどこかにあるので,去年までの常識が通用しないものである.実際,2018年の実質GDP成長率が1.5%から0.5%に低下していてびっくりする.

このエントリはとりわけ国際収支 (域際収支) 部分についてのマニアックな備忘録.パート2があるかはわからない.

1. 基準の改定

平成27年基準に変わった (去年まで平成23年基準).デフレーターの参照年は平成27暦年に変わった (去年まで平成23暦年).

2019年までの情報であり,Covid-19の影響はギリギリ軽微だと思われる.


2. 対外取引の項目が変わってる.

参考資料の「域外受取の推移」「域外支払の推移」では,いくつか変数が増えたり減ったりしている.気になったのは対外受取に間接税が新たに加わっていたことである.

従来は,

経常収支 = 経常取引(受) 総額」 - 経常取引(払)総額

 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 第二次所得収支

であった.しかし今年度からは,二番目の等号が成立しない.

経常収支 = 経常取引(受) 総額」 - 経常取引(払)総額 

 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 

第二次所得収支 生産・輸入品に課される税(控除)補助金 (中央政府)

へと修正されたようである.なお,ここでは国際収支の用語を用いているが,

貿易・サービス収支 = 移出(FISIMを除く) + FISIMの移出入(純)- 移入(FISIMを除く),

第一次所得収支 (昔の所得収支) = 域外からの要素所得(純),

第二次所得収支 (昔の経常移転収支) = 域外からの経常移転 - 域外への経常移転,

である.

この間接税の部分は,中央政府と地方政府の区別が今年から新たに加わっており,注意が必要である.マクロの入門テキストから類推されるように,

GDP = 雇用者報酬 + 営業余剰・混合所得 + 固定資本減耗 + 中央政府・地方政府の税-補助金,

なのだが,このうち中央政府分は域外に漏出し,

要素費用表示NI  = 市場価格表示NI (第一次所得バランス) - 地方政府の税-補助金

= 雇用者報酬 + 営業余剰・混合所得 + NFIA

となっている.


中央政府分の税・補助金は,移出品にかかる消費税の国税分?や関税,みたいなものを想像すればいいのだろうか? 酒税や航空機燃料税はどうだろう? もともと中央政府等への経常移転はあった (おそらく所得税・法人税) が.


この中央政府分の生産・輸入品に課される税ー補助金は,2155億円 (GDPの約5%,経常収支の約4倍, 輸出の約14%) あり,無視できない大きさである.


上の図は去年の経常収支(CA)と今年の経常収支,および今年の貿易サービス収支+2つの所得収支,をプロットしたものである.

従来は経常収支が黒字でだいたい横ばいだったものが,改訂版では直近では赤字・低下トレンドに見える,という違いがある.貿易収支やらとCAの乖離が中央政府間接税であるが,こちらは少しずつ拡大しているように見えなくもないが動きは小さい.


おそらく貿易収支は産連から適当に推計していて,為替レートやら交易条件やら金利やら価格の動きに対する反応がタイムリーには反映されないと思われる.


3. 資本移転等収支の項目が変わってる.

かつては

資本移転等収支 (昔のその他資本収支) = (参考)資本取引(受) - (参考)資本取引(払),

であった.今年の資料にも同じく(参考)資本取引の系列はあるが,定義が変わっている模様.つまり,

資本移転等収支 = うち域外からの資本移転 - うち域外への資本移転,

に変わっていた.このように計算しないと,以下が恒等的に成り立たなくなってしまう.

経常収支 + 資本移転等収支 = 金融収支

では,資本取引と資本移転の違いは何だろうか? これはヒントが県の資料になく,今はよくわからない.以前は,資本移転は国庫との取引で,資本取引はそこに小さい「その他」を加えたもの,であり無視してよさそうであった.しかし新基準では資本移転と資本取引のギャップがけっこう大きくなっており,特に2019年はギャップが1桁増えている (ネットで2147億円).沖縄振興予算規模の「その他」はその他じゃないだろう.軍関係とは違う模様.


資本移転等収支の改定自体はあまり大きな影響はなさそうである.土木工事のたぐいの移転は金額が動きようがないのかも.経常収支・金融収支の変化と並べてプロットすると次の通り:

経常収支の変化にともない,金融収支の動きも変化していることがわかる.ただし,資本移転等収支があるため,経常収支が赤字でも金融収支は黒字である.学生に教えにくいったらありゃしない.

なお,もともとこの資本移転等収支の部分は「資料の制約により民間部門の資本移転を推計していない。」と注記がある.が,民間部門の資本移転はたぶんあっても限られていると想像される.


4. まとめ

経常黒字だと思ってたら経常赤字になっていた (が金融収支は黒字のまま).中央政府の位置づけが新しい基準のもとで変わり,間接税が域外に出ていく部分を新たに加味したため.

資本移転等収支はよくわからないけど以前の基準より減っていて,直近だとそのギャップが2000億円以上あり理由が知りたい.


念の為,変な新聞が,沖縄県が独自に基準を変えて都合よく統計を操作してるように見えるよーみたいないい加減な報道をしないよう注意しておくと,中央政府等の位置づけを見直しているのは全国共通である.あと,経常収支が赤字だったら悪,と判断する国際マクロ経済学者はたぶんいない.

Sunday, August 21, 2022

2022都市経済学講義メモ6

 講義メモシリーズ最終回.我ながらけっこう面白い講義になったと思うし,学生も課題が難しいという以外はわりと好感触っぽかったので,あと数年ブラッシュアップしたらカジュアルな本にでもまとめたいものである.新しい研究アイディアも一つ思いついたので,一段落したら取り組んでみたい.専門分野の講義をするのは楽しい.


7. housing and land markets

不動産の概観.砂原『新築がお好きですか?』が,経済学者の書いたものではないけれど,読み応えがあってよい.比較制度分析は今はあまり見かけない気はするが重要な視点だと思う.

Glaeser and Gyourko (2005) やSaiz (2010) を,ストック・フローアプローチを混ぜたようなモデルで紹介した.しかしモデルと現実の距離がけっこう遠く感じ,あまり好みではない.

嘉手納町が「人口が減ってる原因は住宅供給が足りないから」という趣旨のことを言っているみたいだけど,どういうモデルを想定してどう識別しているのだろう? 超過需要が需要減の原因とは? 負の供給ショック? 価格見て言ってるのかな?


7.2. Bubble

収益還元法を教えるついでに土地バブルについて話をした.

Bernanke, Gertler and Gilchrist (1999) などの金融アクセラレーターやOlivier (2000) の成長促進バブルもちらっと紹介しておく.

平成初頭にも都市経済学者の間では,そもそもあれはバブルだったのか (ファンダメンタルズの動きで説明できる部分も多かったのでは),金融政策だけが問題なのか,など深い議論が交わされていた.しかしその後どういった方向に議論がいったのだろうか…

GFC前夜,サブプライムのときは不動産バブルが大変だったという話をしたが,最近のCase-Shillerは当時をはるかに上回る価格上昇ぶりで,米国は住宅危機にあるようだ.住宅供給危機なのだろうか?


8. Transportation

8.1. Congestion externality

外部性やらピークロード・プライシングやらの話から始める.

で,混雑は他人の時間や体力を奪う,というだけでなく,健康被害もあるという研究を紹介した.

Currie and Walker (2011) は,ETC導入で料金所付近の混雑が緩和されることで,未熟児・低体重児が生まれるリスクが減った,というDiDをしている.政策含意が明らかで重要な研究だと思われるが,そんなに効果量は大きいのだろうかという気はする.

また,学生から質問があったが,なぜ比較群はもともと介入群より低出生体重児が多いのだろうか.混雑のボトルネックから離れている人たちはもっと低くてもいいはずである.本当に平行トレンドという形での比較可能性が正当化できる群なのだろうか.

講義資料を作った後に見つけた研究,Herrnstadt et al. (2021) はCurrie-Walkerと似た議論をしている.高速道路付近での風向きをチェックし,風下にいると (風上に比べて) 粗暴犯罪が増えるとのことである.風を日次でみるとたしかにそこそこランダムだと思われるので,おもしろいデザインだと思う.


8.2. addressing congestion

渋滞緩和政策をどう考えるか,という視点で議論を進めた.Wardropモデルを紹介し,インフラ投資の効果はシステム全体に波及するので,素朴なDiDはダメよ,という注意喚起をした.Braessのパラドックスは名前だけ紹介.

Robert Fogelの議論も紹介.ついでにDonaldsonみたいに,同質財の価格差や貿易シェアといった観測可能な情報から,観察できないものを埋めるような分析も紹介しようと思ったが,時間が足りず省略.


8.3. Mobility as a Service

スマートシティやMaaSといった最近の話題も紹介しておいた.MaaSはプラットフォームの理解なく事例を追いかけてもあまり意味がないと感じたので,両面市場も勉強しろと念を押して置いた.

MaaSの皮切りになったHeikkila論文は修士論文だったそうな.修論で大きなビジョンを提示するというのはなかなかできないなと思ったが,修論だからこそ大風呂敷を広げられるとも思った.

あと,交通はエンパワーメントとしての役割ももっているとも強調しておいた.AI, IoTなど技術は (上滑りなバズワードになりがちだが) 助けになると思われる.足が不自由でも,リモートワークで活躍できるようになるかもしれない.モビリティを (コスト・ベネフィットに見合った形で) 高めることはこれからの時代も重要な課題であり続けるだろう.


9. Conclusion

全体を振り返ると,実証全盛期のご時世を反映した講義となった.教科書には載っていない,大学じゃないと聞けない講義になったと思う.

学生の反応は,内容はおもしろいけど数学はちょっと…って感じであった.高校までに習う数学がほとんどだったと思うけど… (その後,高校で微分をやっていないことに気づいた).

久しぶりに対面講義中心で行った.BA.5が心配な時期ではあり自身が感染しなかったのは幸運だったと思うけれど (バイト先は学生の10%弱が対面試験を感染症のため受けられなかった…),なんやかんやで教室に来てもらうことは大事な気がする.あと,教室のプロジェクタが悲惨だったので,これだから地方国立は…と感じた.


終わった後,この分野に興味があるけど就職はどういうところがいいのか,という質問をもらった.公務員や不動産・交通以外にあんまりいいところが思いつかなかった.都市計画や建築や金融の人とは違った,都市経済学人材ならではの出口はないものだろうか.学士だと専門性では勝負できないとしても何か関連業界があるとうれしい…


後期は必修ミクロを担当予定である.正直ミクロは得意じゃないし好きでもないので…….


Reference

砂原庸介 (2018) 『新築がお好きですか?:日本における住宅と政治 (叢書・知を究める)』ミネルヴァ書房

Bernanke, Ben S., Mark Gertler, and Simon Gilchrist. "The financial accelerator in a quantitative business cycle framework." Handbook of macroeconomics 1 (1999): 1341-1393.

Currie, Janet, and Reed Walker. "Traffic congestion and infant health: Evidence from E-ZPass." American Economic Journal: Applied Economics 3.1 (2011): 65-90.

Herrnstadt, Evan, Anthony Heyes, Erich Muehlegger, and Soodeh Saberian. 2021. "Air Pollution and Criminal Activity: Microgeographic Evidence from Chicago." American Economic Journal: Applied Economics, 13 (4): 70-100. 

Olivier, Jacques. "Growth‐enhancing bubbles." International Economic Review 41.1 (2000): 133-152.

Monday, July 11, 2022

2022都市経済学講義メモ5

研究室のWi-Fiアクセスポイントが不調で,1週間ほどネットにつながらずいろいろと滞っている…

講義録続き.

6. system of cities

これまでは都市内の話.ここからは都市システムを俯瞰した話.

6.1. Rank-size rule

都市規模は正規分布のようにはなっていないよというよく知られた話.Oshiro and Sato (2021) でもこういう議論やってるよと軽く宣伝しておいた.

学生がExcelで作図できるようsizeとrankのデータセットも用意しておけばよかったと,終わった後で思った.


6.2. Central Place Theory

森先生のPNASも紹介しておいた.

財の「次元」ってなかなかピンとこない概念だけど,Hsuのような説明を匂わせるようにした.


7. Economies of Agglomeration

都市経済ならではのセクションであり,腕の見せ所である.Moretti本のようにMarshall型を現代的な解釈で紹介するといい気がしつつ,ベストセラー丸パクリだと寂しいので適宜工夫する.

地域特化・都市化という分類は正直あんまり好きではないなと思った.Nursery Cityって実証あるのかな.あとHHIは都市化の指標としてはいまいちだと思っている.

逆因果に注意しよう,というのはこれまでの講義で何度か言及してきたので,sortingについても議論を足した.De La Roca and Puga (2017) は,むしろsortingの効果は弱くて,都市でlearningした成果が地方に移動してもなお残る (ので静学的な集積経済が固定効果を入れると弱るように見える),という動学的な効果を強調していて,こちらもちらっと紹介した.

今まであまりよく考えていなかったが,集積の弾力性1%って,都市規模2倍で年収1%up,都市規模10倍で2%強upみたいなマグニチュードなので,とても微妙に感じる.さすがにもうちょいあるのではという気もする (地方で年収200万円の人は東京で300万円ぐらいあっても? (人口だけでなく資本装備率なども違うのでしょうが)).

あと,弾力性が4%のとき,都市規模2倍になっても4%は上がらず,2.811%しか上がらないような気がする (2^0.04 = 1.02811...).弾力性って100倍して解釈するとけっこうズレてしまうものなのか…?

以前Behrensかだれかが,Matching-Sharing-Learningの他にSignalingもあるのではというのを指摘していたが,出所が思い出せない.

講義には間に合わなかったが,Papageorgiou (2022) では,大都市は職業の選択肢が多く,マッチングの質が高まる,というlabor poolingのモダンな実証をしているようで,面白そう.

都市はバラエティ豊か,という話はいっそう重要な時代になってきている気がする.多様性については,沖縄はテレビ局の数も少ないよねみたいな例がわかりやすい気はする.

価格そのものは都市と地方と大差ないけど,選択肢が都市のほうが広い.そのため高所得者ほど都市の消費機会の恩恵を受けやすいようである (Handbury and Weinstein 2015; Handbury 2021).

昨日の参議院選挙で思ったことだが,この春郊外に引っ越したことで,徒歩圏内に投票所がないという状況を人生で初めて経験した.日本中どこでも (さすがに離島などは除くが) 投票はすぐそこでできるものだとばかり思い込んでいた.政治的な機会も,都市とそれ以外とで大きく差がつくようである.


Reference

Handbury, Jessie, and David E. Weinstein. "Goods prices and availability in cities." The Review of Economic Studies 82.1 (2015): 258-296.

Handbury, Jessie (2021) "Are Poor Cities Cheap for Everyone? Non-Homotheticity and the Cost of Living Across U.S. Cities." Econometric, aVolume 89, Issue 6, 2679-2715

Oshiro, Jun, and Yasuhiro Sato. "Industrial structure in urban accounting." Regional Science and Urban Economics 91 (2021): 103576.

Papageorgiou, Theodore. 2022. "Occupational Matching and Cities." American Economic Journal: Macroeconomics, 14 (3): 82-132. 

Roca, Jorge De La, and Diego Puga. "Learning by working in big cities." The Review of Economic Studies 84.1 (2017): 106-142.

Sunday, June 12, 2022

2022都市経済学講義メモ4

最近,Consumer Cityは「趣都」と訳すといいのでは,と思いついた.

それはともかく,講義メモの続き. 15回の講義で,用意したものすべてできなさそうな予感がしてきた. 

5. segregation and urban poor

日本だとあまり意識しないけど,segregation (特に人種) は都市の重要な問題である(が個人的には詳しくない).

5.1. agent-based Schelling

昔QuantEconを見ながらSchellingのsegregationを計算したことがあったので,それをさらっと紹介した.

ちょっとした差別意識があると,数世代後には大きな断絶ができることがある,という話.

人は集団への帰属意識を見出しやすいことや (Hargreaves Heap and Zizzo 2009だと,自分と違う集団を信頼しない),差別意識にもtipping pointがあることも紹介した.


5.2. urban poor 

貧困層が都市内で固まりスラムができる,といった問題も紹介.スラムの問題は社会学に学ぶことも多いと思われる (白波瀬 2017など).

Matt Kahnが最近書いていた本で紹介されていたけど,貧困地域は物価も高いそうだ.万引のリスクがあるから (+空間価格差別) とのこと.そういえば県内某貧困層向けスーパーは品質の割に高いよなーと思い当たるフシがあった.

ただし,モビリティ低い貧困層向けに独占力を行使する,というストーリーはDellaVigna and Gentzkow (2019) を思い起こすとなんとなく合わない気がする.

講義ではHeblich et al. (2021) を紹介した.汚染地域に貧困層が集まって,汚染が解消された後もそれが続くとのこと.


5.3. affordable housing

公営住宅やレント・コントロールなど,福祉政策としての住宅政策があることを紹介.ただし日本だと公営住宅は乏しく,家賃補助もほぼ普及していない.

価格を歪めるような政策はそもそも正当化が容易ではないことも,よくある効用最大化モデルで見ておいた.もちろん,現実が完全競争市場ではないこと,効率性がすべてではないことも注意すべきである.


5.4. CMTO

Chettyらの一連の研究では,internegerational mobilityに地域間変動がかなりあることが指摘されている (Opportunity Atlas).さらにChettyはいい場所に移住させてどうなるか評価しようとしているようだ(CMTO).

そういうわけで,MTO, CMTOを簡単に紹介しておいた.貧困や格差に経済学ではこう取り組むことができる,という一例である.

恵まれない人は,好きで希望のない場所に住んでいるわけじゃない.いい場所に住居を確保する能力 (ケイパビリティの一種?) が欠けていてそれを比較的低コストで埋められるなら,いい政策になると思われる.

とはいえ,Opportunity Atlasで推定されるmobilityは,次世代にも外挿できるのかが気になった.いい場所にはいい学校があったのかもしれないけれど,現代の子どもを移住させてもいい先生やいい校長はとっくの昔にいなくなっていていい設備は陳腐化しているかもしれない.(論文読んでないので未確認)


貧困層を富裕地に移動させるCMTOとは逆に,「中の上」ぐらいを貧困地域に移動させる例が,Cummingsら (2002)で報告されている.いわく,移住してきた人は住居の周りに「フェンス」を張って,周りとはほぼ交流しなかったそうだ.砂漠にオアシスはできたけど緑化はしなかったという感じ.social networkが形成されるインセンティブもよく考えないと,CMTOは思い通りに機能しないかもしれない.


Haltiwangerら(2020)のHOPE VIプロジェクトだと,移住によるいい効果は雇用機会改善 (空間ミスマッチ緩和?) によるようである.子供の育つ環境も大事だけど,親の経済的な安定性を高めることも重要な気がする.


Reference

Cummings, Jean L., Denise DiPasquale, and Matthew E. Kahn. "Measuring the consequences of promoting inner city homeownership." Journal of Housing Economics 11.4 (2002): 330-359.

DellaVigna, Stefano, and Matthew Gentzkow. "Uniform pricing in us retail chains." The Quarterly Journal of Economics 134.4 (2019): 2011-2084.

Haltiwanger, John C., et al. The Children of HOPE VI Demolitions: National Evidence on Labor Market Outcomes. No. w28157. National Bureau of Economic Research, 2020.

Hargreaves Heap, Shaun P., and Daniel John Zizzo. "The value of groups." American Economic Review 99.1 (2009): 295-323.

Heblich, Stephan, Alex Trew, and Yanos Zylberberg. "East-side story: Historical pollution and persistent neighborhood sorting." Journal of Political Economy 129.5 (2021): 1508-1552.

白波瀬 達也 (2007) 『貧困と地域 - あいりん地区から見る高齢化と孤立死』 中央公論新社


Tuesday, June 7, 2022

インタビューされました

先日インタビューを受け,記事にしていただきました.インタビューというよりゆるい雑談でとりとめもない感じではありますが.

HUB沖縄: これからの沖縄振興について今一度考えてみる 第6次計画を読み解く


沖縄振興政策はとくに専門でもなく,生半可な知識と考察で触れてやけどしているかもしれません.EBPMについて上から目線で偉そうに言ってますが地方政府には地方政府なりの事情があるとは思います.

インタビューを受けた後に西銘大臣ビジョンが出て,政府と県がバチバチやり合う政治イシューになっている感もありますが,私は政治に興味が薄くまた巻き込まれたくないという気持ちも強いですよろしくお願いします.


インタビューで話題にならなかったものの,言っておくべきことはもっとあったような気がするので以下思いつくままに私の感じ方を挙げておきます.専門じゃなく,無責任な思いつきレベルですが.

  • そもそも,沖振計の取りまとめに関わった関係者には敬意を持っています.計画を外野からバカにする意図はありません.あしからず.
  • 現職知事のイニシアティブはあまり見えない気がする.
    • SDGsや普天間基地の県外・国外移設が盛り込まれたあたりは政治家の声を感じるが.辺野古移設を食い止めたかったら北部の経済振興にもっと本腰入れたほうがいいんじゃないですかという印象もある.
    • 県の場合,長期計画を策定する企画部がガバナンスの軸になっていると勝手に思っている.しかし知事も企画部もそれほど強くはなく,いろいろな業界の有識者の意見を総花的にまとめるにとどまっているような印象 (ので前回計画よりページ数が大幅増量).草の根のボトムアップな計画とも言えるが,トップのマネジメント能力の不足とも…
      • 政府の仕事は公共財供給など市場失敗の是正…みたいな,大枠の政策思想があまり見えない.いろんな人の話を聞いて,各課で最近やってることをまとめました,という印象を受けた.
    • 「誰一人取り残さない」はもちろん大事な理念だけど,政治家は誰かは損するけれど社会全体のためになるので対立する利害を調整する,といった役目も担うべきではなかろうか.
  • EBPMを推進する資源は確保困難:
    • EBPMは河野太郎の影響と思われる.しかし,そういうあなたも性教育で貧困対策を,みたいな発言をしていて,それはエビデンスがある政策なんかいなとは思った (あるかもしれないけど).
    • 中央省庁でさえEBPMはなかなか進まない.地方政府には,せいぜいどこかのコンサルに投げてロジックモデルを作ってもらうぐらいしかできないかも.エビデンスをチェリーピックしたPBEMも横行しそう.
    • 修士号以上を持つ公務員・県議がいっぱいいれば違うのだろうけど,そういう人はもっといいjob opportunitiesが溢れていると思われるし,そういう人が県庁職員をやるのはミスマッチで資源の無駄遣いでさえある恐れも.
    • 公務員の人事制度も,専門的な評価と相性が悪そう.県庁職員はジェネラリストとしての資質も必要 (中央省庁よりはスペシャリスト色があるが).また,過去の政策がいまいちだった…なんて評価が下る可能性があることは嫌がるに決まっている.
    • そんなわけで,「地方政府の身の丈にあったEBPM」が必要だと思われるが,それは難題だと思われる.気合でなんとかなる問題ではないので,大臣がやれといってもすぐにはできないものである.
      • 記事だと公務員はエコノメを知らないバカと言ってるように聞こえるかもしれませんが,現存のリソースで少しずつ改善していけばいいのではぐらいの感覚でいます.
  • DX:
    • 振興計画にDXがんばるってたくさん書いてあるけど,Solowパラドックスを想起せざるを得ない.組織改革や有形無形の投資が不可欠だと思う.
    • 県だけがDXをがんばっていくわけじゃないので,全国平均以上の成長率をDXで達成するのは,それなりの戦略が必要であろう.オードリー・タン率いるデジタル庁相当の部署を県に創設してやるぜーぐらいのやる気と資源がないと掛け声倒れになるのでは.
    • もちろん,中小企業はPOS使っていてもろくにデータを整理すらできず会計情報を読めず意思決定に役立てていないところも多いかも.デジタルで生産性を高める余地はたくさんありそう.記録があれば地銀側で分析することもできるかもしれないけど,地銀マンに修士号以上を持つデータ分析人材は…
  • 成長率:
    • 毎年3%成長はちょっとねー?というのが第一印象.だが,インフレが来たり,Covid-19での落ち込みを基準にしたり,インバウンドがリバウンドすれば,名目成長率の目標自体はあっさり達成できるかもしれない.
    • それはそうと,県民経済計算のリリース日が年々遅くなっている気がする.企画部統計課がんばってください.
  • 東海岸サンライズ構想:
    • コンパクト+ネットワークという今どきの国土計画に真っ向から立ち向かうかのような,Eraihito-based Policy Makingという印象..
  • 西銘大臣ビジョン:
    • 予算の使途は (国と対立するような首長がいる) 県の自由にさせないよ,というところだろうか.歴史の教科書に載る場面を見ている気持ち.
    • 県の計画は県庁職員がまとめている(と思われる)のに対して,大臣ビジョンは聡明なキャリア官僚がまとめているように見える (霞が関パワポがきれいで印象的).
    • 「強い沖縄経済」にこれまで具体的な定義がなかった (と思う) ところ,ようやく域外競争力が強く,外部変化に強く,民間主導,という3要件が示された.しかし,移輸出できるけど外部の状況に左右されにくいってどうするんだろうか.でかすぎてaverage outできないほど強い企業が生まれないようにする,みたいな話じゃないといいけど笑
      • 「強い沖縄経済」は「Make America Great Again」感がすごいフレーズで,何を目指しているのか見えなかったけど,あえて示さなかったとすると私の想像以上に首相とその周囲は周到だなという気がした.




Monday, May 9, 2022

2022都市経済学講義メモ3

講義メモの続き.


4. 単一中心都市モデル (パート1)

理論をゴリゴリやりたくないと思いながらも,結局効用最大化問題を説明するはめになった.「空間均衡」がモデルの鍵になっている.教えるのはなかなか大変である (大変なのは学生であるが).

AMMの概観はGlaeserのレクチャー本がシンプルでいいと思うのだけど,結局Fujita 1989から大きく外れたことはできないなと思った.Bruecknerのように生産部門(建設)を入れるのも大事だとは思うけれど時間がもったいないので省略した.


土地市場の中で連続と離散が混在していておかしい,というBerliantの批判は,昔は方便なんだから細かいことは許してやってちょんまげ…ぐらいに軽く思っていたが,教える立場になるとなんだかむずがゆくなってきた.

あとは,土地と住宅の区別が曖昧なのも少しむずがゆい.


4.2. 単一中心都市モデルの実証 (手弁当)

本講義は経験主義も押していきたいので,距離が遠いと不動産価格が下がるはず,という理論的予測を,実際のデータで観察できるかどうか,データ分析の実践例も紹介した (マンションの取引データ(REINS)で簡単なヘドニックを回した).

マグロ解体ショーみたいなもんで,データをどう料理するか・結果をどう解釈するかの過程をダイジェストで見てもらうことに.


で,理論通りに距離と価格が負相関,というのは幸か不幸か見られなかった.

理論通りにいかない理由はいろいろ考えられるが,(1) 品質や所得や将来性や建設コストなどunobsをコントロールしきれていない (間取りや築年数はわかるが) (omitted var),(2) そもそも「CBD」ってどこやねん「距離」って何やねんという問題 (error in var),(3) 偏ったデータしか手元にない問題 (sample selection),といった観点から批判的に考える必要があると指摘した.


4.3. 単一中心都市モデル (パート2)

いくつかの拡張を紹介する.理論をいじるだけでなく,最近の重要な実証研究もちょくちょく紹介していく.

1. ロットサイズの選択を無視すると計算しやすく,比較静学がシンプルになる.

都市間移動を加味するかどうかによって比較静学が大きく変わる・直感に反することを示し,理論モデルを作り仮定を明示しながら議論を進める重要性を説く.

2. 所得が異質だと,金持ちが郊外に住む (住宅が正常財で通勤の時間的費用がそれほど高くなければ) ことがわかる.segregationについては次回のテーマ.

3. アメニティが不動産価格に与える影響を紹介 (資本化).

アメニティが不連続的に変わると価格もジャンプするはず."Consumer city"やボヘミアン・ゲイ指数のように,都市の盛衰は生産だけでなく消費にも大きく左右されるかもしれない.地理的な回帰不連続デザインやヘドニックのアイディアもこっそり紹介する.

4. 放射状交通という仮定を緩める.幹線道路があるとそこに都市が広がることがわかる.

Baum-Snow (2007 QJE) はまさにその実証を,計画路線をIVにして行っている.テキサスの図が論文のキラー・アイディア.

5. CBDが1つ,という仮定を緩める.

サブセンターがあるとHamiltonの過剰通勤パズルも部分的に解消できるかもしれない (Ng 2008 JUE).

CBDが内生的にできあがるFujita-OgawaやFujita-Krugman-Moriモデルで空間経済学が発展していったことをちらっと紹介.

6. CBDがCBDでなくなるとどうなるか,も紹介.つまりAhlfeldt et al. (2015 ECTA) を紹介した.右半分へのアクセスが途絶すると中心が「中心」でなくなるので,CBDが西側に寄っていく様が見て取れる (彼らも歴史がIV).


昔から単一中心都市モデルは調整過程がとてもむずがゆく思っているので住宅サーチモデルも紹介したいところだがtoo muchなので省略.


Reference

Ahlfeldt, G. M., Redding, S. J., Sturm, D. M., & Wolf, N. (2015). The economics of density: Evidence from the Berlin Wall. Econometrica, 83(6), 2127-2189.
Baum-Snow, Nathaniel. "Did highways cause suburbanization?." The quarterly journal of economics 122.2 (2007): 775-805.
Ng, Chen Feng. "Commuting distances in a household location choice model with amenities." Journal of Urban Economics 63.1 (2008): 116-129.

Monday, April 25, 2022

2022都市経済学講義メモ2

講義メモの続き.

 3. 都市の定義

「都市」が市町村のような行政区分と一致する保証はない.「市町村」は国際比較可能な単位でもなく,国・地域によってサイズや統治機構はさまざま.都市雇用圏など適当な定義で画定していく必要がある.都市雇用圏はCBSAのように国際比較可能な単位であることがうれしい.


理論上は,労働市場や非貿易財の市場が清算される範囲,を都市とみなすと自然だと考えられる.同じ都市の中で需給が一致する.名護市民が那覇で野菜買わないみたいな話で,日々の消費生活は都市の中で完結する.土地市場も,労働市場が完結する範囲で閉じると推察される.そういうわけで都市雇用圏や通勤圏は,通勤フローを使って郊外を特定し,一つの都市圏とみなす.

  • 市場が単一・統合されているかの視点から都市を定義することもできるかもしれない.グローバル化・市場統合を地域間価格差から分析するような話 (Williamson & O'Rourkeなど) もあるし,通勤や貿易のフローではなく価格の情報を使って都市を画定してみたい気持ちを昔から持っている.
    • 国と地域の違いは,人口移動のしやすさ (国際経済だとRicardo-HOなど人口移動や資本移動がないモデルが標準),という解釈が一般的だと思う.価格でなく人流で定義すること自体が問題だとは思わない.


DIDは,密度,隣接,総人口の3条件で検出する.密度を見るのは農村や山林を落としたいため,隣接や総人口を見るのはゲーテッド・コミュニティやマンションなど局所的な高密度を落としたいため,と考えられる(はず).

金武町金武は密度4400人/km2, 人口5300人でDIDの条件をギリギリ満たしている例になる.ついでに金武町は2015年にはうるま市の郊外として沖縄市都市雇用圏に加わるなど,変化が見られる場所である.


都市雇用圏では満足できないので独自の定義・アルゴリズム・データで画定していくような研究 (足立ほか,Fujishima et al.) も紹介した.


都市の定義を考えることで,「東京」って何だろう,という引っかかりができるとよい.シンガポール(や香港)のような都市国家は周辺も含めて都市なのでは,という応用例も.


Reference

Adachi, Daisuke, et al. "Commuting zones in Japan." Research Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI) (2020).

Fujishima, Shota, et al. "The size distribution of ‘cities’ delineated with a network theory‐based method and mobile phone GPS data." International Journal of Economic Theory 16.1 (2020): 38-50.


Sunday, April 24, 2022

2022都市経済学講義メモ1

 新しく「都市経済学」という半期の専門科目を持つことになり,講義資料をいちから作成している.講義のストラクチャーを独り言のようにしてメモに残す.


1. 特色

都市経済学の既存の定番テキストは,すぐれた理論家たちが書いていることもあり,理論の比重が大きい.講義では実証研究(結果というよりデザイン)を紹介し,実証マインドも育てていく.

学生はラグランジュ乗数法あたりまで知っていて統計学は必修のようなので(経済学以外の専攻だとだめそうだが),難易度は佐藤先生の『招待状』と高橋先生の間ぐらいを目指す.


2. ガイダンス

都市は学際的な分野である.今どきの経済学的なアプローチは,最適化・均衡・経験主義が他分野との違いである.本講義も今どきの流れに乗る.


伝統的な都市経済学 (AMMも当時はNew Urban Economicsと呼んだそうな) は,土地利用の秩序を簡素なモデルで表現することに大きな関心があった.Von Thunen『孤立国』が元祖で,Fujita and Ogawa (1982) はこの流れの金字塔的作品である.


AMMのような枠組みでは,アクセシビリティが鍵である.不動産の価格は土地や住宅という希少で異質な資源を配分するシグナルである.アクセスの良い場所は高まる効用を打ち消すように (∵ 空間均衡) して住宅価格が高まり,高い住宅価格を支払ってもよいという人が住むようになる,など.そういう次第で,アクセスと家賃にトレードオフが生じる.


同時に,「アクセスも悪いし家賃も高い」「アクセスがよく家賃も低い」ようなものは均衡にならない,という予測も立つ.そうした住民は最適化に失敗している (ように分析者が見える) からだ.

Hamilton (1982) は,AMMの理論から予測される通勤距離が,実際の通勤距離の1/8程度しかないことを日米のデータで指摘した.8倍は誤差というには大きいだろうということで,過剰通勤パズル (wasteful (excess) commuting) と呼ばれる.

  • 学生には理論と実証の緊張関係を意識してほしい.
  • 個人的にはHamiltonの計算はあやふやで解釈が難しい (結局どういう仮定に依拠した数字なのかぱっと見わからないのも気になる) ように感じる.それでも,エクイティ・プレミアム・パズルなどのように,モデルの限界がわかればこそその後の発展につながるものである.
  • もうひとつ個人的には,AMMは均衡外の調整過程が非現実的すぎると昔から感じている.このあたりを利用してうまいことパズルを作れないだろうか…

過剰通勤パズルを説明する要素はいくつも考えられるが,ひとつは,人々は通勤経路を最適化できない,というものである.最短経路問題はそう簡単に人力では解けないし,Googleマップは,そのルートを実際通るときの安全性までは教えてくれない.

Larcom et al. (2018) は,ストライキによる駅閉鎖を外生的な変動にして,通勤経路を見直さざるを得なかった人とそうでない人を比較した.結果,人々(の5%ぐらい)が通勤経路を最適化できていなかったことを示した.つまり,通勤経路をたまたま見直したら,もっといい経路を見つけ,ストライキが終わった後も新しく開拓したルートを選び続けた,というストーリーである.

  • こうした最適化のエラーは,路線図が歪んでいる場所ほど大きい,とのことである.たしかに,路線図はデザインの都合で実際の地図とは対応していないものである(山手線が真円でも等間隔でもないのに路線図は…,など).
  • Larcomらの論文は,事前のパラレルトレンドがかなり説得的に見えることが一つの強みである.


Reference

Fujita, Masahisa, and Hideaki Ogawa. "Multiple equilibria and structural transition of non-monocentric urban configurations." Regional science and urban economics 12.2 (1982): 161-196.
Hamilton, Bruce W., and Ailsa Röell. "Wasteful commuting." Journal of political economy 90.5 (1982): 1035-1053.
Larcom, Shaun, Ferdinand Rauch, and Tim Willems. "The benefits of forced experimentation: striking evidence from the London underground network." The Quarterly Journal of Economics 132.4 (2017): 2019-2055.

Saturday, April 2, 2022

移籍しました

2022年4月1日より県内で異動することになりました.

前職には思い出と愛着が多々あり,離れるのが惜しいところです.27歳で着任してから9年間という,私のキャリアの重要な期間を,充実したものとすることができました.

新しい環境で気持ちを新たにし,研究・教育に尽くして参ります.今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほどお願いいたします.


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前職は優秀な若手を積極的に採用しており,楽しい快適な職場です.研究に専念しやすい希有な環境だと思います.沖縄は花粉もありません.jrecinより経済学の公募が出ていますので,ふるってご応募いただければ幸いです.


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メールアドレスは,既存のものとユーザー名は変わらず,ドメインがgrs.u-ryukyu.ac.jpに変わります.

個人用メモ:
Gmailで大学のウェブメールを送受信できるようにするには,WebMailの国別認証制限でUSを許可する必要あり.

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長期金利の雲行きが…という状況でいろいろ思うところはありますが,家を買いました.向こう数十年は沖縄にロックインされると思います.

ただいま引っ越しの準備中です.あいむ・こんぽーじんぐ!

Saturday, January 29, 2022

ザル経済? パート1

最近報道で「ザル経済」が一つのキーワードになっているらしく,私も意見を聞かれることがある (あった).自分のためにも,いくつかぱっと思いついた論点を整理しておきたい.


1. 基本的な考え方

  • ミクロレベルの「ザル」 (特定の公共事業で県外企業が受注) と,マクロレベルでの「ザル」 (貿易収支バランス) は区別して議論する必要がある.
    • 後者の場合,貯蓄・投資のバランスから決まるもの,という動学的なフレームワークが不可欠だと思う.というか,地域間財政移転に伴う双子の赤字的な状況ではないかと疑っている.
    • 後者については,沖縄の場合県外からの純要素所得は労働所得も資本所得もプラス,金融収支もプラス,ということと整合的になるか考える必要がある.集計レベルでは,県外に資本所得が流出どころか,資本を県外に輸出して資本所得を稼いでいるポジションだろう.
  • 域内の「循環」や「漏れバケツ (leaky bucket)」 みたいな話はどちらかと言えばマクロの議論であり,個別の事業が適正・透明に遂行されたかというミクロな評価とは分けて議論すべきであろう.
    • 域内循環を高めるために県内企業の受注割合を高める…といったことを乱暴にやると,入札談合の温床になると懸念される.安直な排外主義は腐敗を招く.
    • 経済学者の多くは,「循環」そのものではなく経済厚生を重視していると思う.ので,どういった歪み・失敗があるかを特定する必要がある.
    • 循環を高めることが経済厚生の改善につながるとは言えない.地元でインプットを調達できることが望ましいとしても,それは輸送費用の節約や集積の経済や競争が理由であり,お金が回るからではない(なくてもよい).
    • 受注する県外資本にも競争がある.「中抜き」で楽してレントを得ているとは限らない.(マークアップがあったとしても,沖縄だけで問題になるという理屈は自明ではない.) 県民の所得と雇用を生み出すために県外企業の力が必要で,県外企業が正当な対価を受け取っているだけならば,それを叩くのは難しい.
    • 特定の産業で自給率を高めて輸入を減らしても,そのせいで他の産業の輸出が減って,マクロレベルでの「漏れ」を減らすことにつながらない可能性は十分考えられる.
  • 県民の生活水準の向上が目的だったとして,公共事業が合目的な政策手段かは問われてしかるべきである.現場では予算を消化することばかりが優先されているかもしれない.
    • 所得や雇用や生産性にどれだけ結びついたのか費用対効果を検証すべきである.しかしこうした政策評価は産業連関分析やロジックモデルでは (今どきの研究者を納得させることは) 難しいと思う.
      • 産連によるよくある「経済効果」はルーカス批判を回避できないどころか,価格も資源制約も反実仮想も民間投資のクラウディングアウトもへったくれもないような・・.
    • ワイズ・スペンディングが難しいのはわかるが,県内経済のボトルネックや歪みを緩和するためにお金を使ってほしい…
  • 県内の受注割合は,県内に落ちるお金の割合,を意味しない.
    • 県外企業が県内で労働者や資材を調達するかもしれない.大手ゼネコンは受注の多くを占めるが,外注も多いものである.
      • イオンにも県産食品は売っているし県民が多数働いている,サンエーにも移入財・サービス・県外資本のテナントはたくさんある.イオンは避けてサンエーやりうぼうに行こう,という類いの話は直感的におかしい (無論,地元ブランドを選好すること自体はよい).
    • 結局誰が便益を受けているのか,は自明じゃない.県外大手ゼネコンじゃなくて,建設場所周辺の県内在住地主が一番儲かっているかもしれない.
  • 産業構造の視点.
    • 県内調達を増やし県内建設業がより儲かるようになったとして,建設業に資源がシフトすると他の産業が縮小することになるのでは.Dutch diseaseみたいな話はやはり産連では出てこない(はず).
  • ひも付き援助.
    • 対外援助が,ドナー国から調達するようになっているなど「ひも付き」になっているせいで,思うような効果を挙げていない,という話は開発経済学で古くからあると思われる.公共事業が県外からの調達につながっているとして,それにまつわる論点はすでに軒並み出尽くしている気がする.援助全額がホスト国で使われるわけでなく,ドナー側でのアドミンのコストや調達コストが高くついてしまい現地には予算規模ほどには届かない,みたいな実情は現代でもある(と思うが専門外なので文献は知らない).
  • 分配の問題など,そもそもの目的が自明ではない.
    • 誰がレントを取るべきか,は分配の問題.パイを増やす問題と比べて,何が最適解なのかは自明ではない.語り得ぬ物には沈黙…と言うか,経済学だけではたいしたことは言えない(政治的信念が必要)ので個人的にはあまり触れたくないトピックである.
    • domesticとnationalのどちらを見るべきか,というのも特に答えのない問題.だが,県外に「漏れ」た所得をただの無駄,とみなすのはいささか視野が狭いのではないだろうか.
      • 県外に「漏れ」た所得は,県外の所得を増やし県の輸出需要を増やす,みたいな効果もあるはず.
    • 生産要素の所有権がどのように決まっているか,は大事な問題だと思うけど,どのように決まっているべきか,はちょっと話が大きくなりすぎる気がする.
      • 資本の所有権がないなら,貯蓄して投資して資本所得を稼げばよいという話になりそう.現時点でも県民は建設業ETFやREITに自由に投資できるのだから.


2. Brecher and Bhagwati 1981 JPE

域外からの所得移転が直感に反してネガティブになる,という議論はtransfer paradoxやcurse of foreign aidといった文脈と密接だと思う.専門外だが勉強も兼ねて,眺めた論文の簡単なメモを残しておく.この文脈は日本人経済学者 (八田先生や矢野先生など) も重要な貢献をしているので,そのうち気が向いたら引き続きメモをしたい.


BrecherとBhagwatiは,生産要素の所有権に注目してHOモデルを書いている.設定は単純で,国内にある$\bar{K}$のうち国民が持つ分が少ない(外資が国内で生産しているイメージ),といった状況を考えている.基本的にはただそれだけ.

この場合,「国内」でみれば援助で厚生改善したとしても「国民」でみれば援助が厚生悪化になる可能性が出てくる.TOTが変化したとき(Stolper-Samuelsonで)損する生産要素があるから (得する方の要素があってもその所有権がなければ…),というのがおおまかな直感.

  • 正確には論文9式.貿易の価格弾力性や変化前の貿易パターンに依存する.貿易パターンは要素賦存量で決まる.なお,「国民」の貿易パターンは,仮に「国民」の持つ要素だけで生産していれば,というものである.国内で見ればXを輸出してるかもしれないけど国民だけならXを輸入しYを輸出するはずだったということすらありえるよ,という感じ.


しかし現代の沖縄の文脈には直接援用できないモデルかもしれない.建設業は非貿易セクターなので.


Reference

  • Brecher, Richard A., and Jagdish N. Bhagwati. "Foreign ownership and the theory of trade and welfare." Journal of Political Economy 89.3 (1981): 497-511.


続く…かもしれない?

Wednesday, June 23, 2021

沖縄でShecession?

講義で使おうかと思ったが結局没にしたネタを投稿する.

コロナ禍における労働市場の動きについて,去年ゼミで学生から「She-cession」なる表現を教えてもらった.女性の方が男性よりも苦しみがち,とのこと.休校で育児負担が重たくなった,女性の多いセクター・タスクほど自粛による打撃が大きかった,などの理由が考えられる. 

She-cessionは沖縄でも生じてるのだろうか.労働力調査と毎月勤労統計調査をさっと眺めてみた.

結論は,女性に負担が集中している様子は思ったよりも見えない,という話である.

1. 労働力調査では男女差はよくわからない

ひとまず労働力調査から.

大きなショックのせいで季節調整がややこしくなりそうなところだが,ひとまず今回は2004/1から2019/12のデータを使って季節調整を施し,2019年の調整と同じように2020/1以降の季節調整を行った.

就業者数を見ると,女性より男性の方がショック後に低下しているように感じる.特に20年4月頃.

沖縄の就業者数, 男女別. 季調値.

非労働力人口を見ると,男性は変動が大きくよくわからないが,少なくとも女性が急増したようには見えない.失職し非労働力人口に移行する動きは(大きいと思っていたものの)観察できないようである.

沖縄の非労働力人口, 男女別. 季調値.

完全失業率では,女性ではなく男性のほうが上昇しているようである.

沖縄の完全失業率, 男女別. 季調値. (図では2020/1=100に基準化していると書いているがこれは間違い.)


労働力調査を眺めていると,ジョブが破壊されたのは,男性の自営業という印象を受ける(図は省略).長引く自粛で零細な飲食店や土産物屋,レンタカー事業者などが店じまいした,というイメージだ.

一方,被用者なら,男女問わず,(私の印象では)思いの外,雇用は守られているのではないだろうか(時短などはあろうが).飲食店のシャッターと張り紙を見るととても悲しい気持ちになるし「沖縄経済厳しいな…」と感じることもあるが,みんながみんな飲食業で働いているわけではないのだ.シャッターのような目に見えやすい情報だけからマクロ的な動きを推測するのは難しいものである.

労働力調査は産業・年齢・職種などいろいろなブレイクダウンがわかるが,サンプルサイズが小さくノイズが大きいので,これ以上細かい何かは見えそうにない,という気もした.


2. 毎勤では男女差が見られなくもない

毎勤でも確認してみた.以下すべて2018/1--2021/3, 5人以上事業所のデータである.季節調整は行っていない.

なお,調査対象事業所の入れ替えのためか,年始などに大きなジャンプがしばしば見られる.どういった標本調査の設計か知らないが,額面通りに捉えないほうがよい気はする.

さっそく労働者数をプロット.男女で異なるトレンドをしていた.

沖縄の労働者数,男女別, 調査産業計 (本月末).

  • 労働者数で見ると,男性は増加トレンドにある一方,女性は2020年以降減少トレンドにある.一見すると"Shecession"のようである.
セクター別に見ると,異質性があるようだ.次の図は,女性の労働者数が多いセクターを適当に選んで労働者数をプロットしたものだ.
沖縄の女性の労働者数, 産業別 (本月末).

  • 女性の中でも,増加トレンドにあるように見える産業 (D 建設業) もあれば,横ばいの産業 (O 学習支援業) もある.
  • 打撃が大きそうな宿泊業(M75, 図右下)では,コロナ禍前まで増加し,コロナ禍で減少に転じた様子が見て取れる.
  • 一方,宿泊・飲食サービスというより広いくくりでみた場合(M, 2列目右)は逆に,コロナ前が底で,コロナ期に増加へ向かっている.
  • 小売業 (I-2 4列目真ん中) は,コロナ禍前は横ばい,コロナ禍で急減したのち回復中,という様子.
  • 意外と減っていたのは金融・保険業(J, 2列目真ん中)である.
  • セクター間の労働移動でショックを吸収している動きもありそう.だがこのデータではシリアスな分析はできない気がする.
  • 女性雇用の約3割を占める医療・福祉 (P 3列目右) は,コロナ禍前は減少,コロナ期に増加,という動きになっている.産業計 (TL 左上) でコロナ期に減っている分は,医療・福祉以外での減少が積み重なったものになろう.
こうしたセクター間の異質性は,男性と女性で異なる.
次の図は男性についてセクター別にプロットしたものだ.
沖縄の男性の労働者数, 産業別 (本月末).

  • 女性と違って,金融・保険業 (J) や小売業 (I2),サービス業(他に分類されないもの) (R) は増加傾向に見える.
  • 女性と違って,建設業 (D) はコロナ禍前は減少ぎみだったが,コロナ期には増加しているように見える.他で失職した男性が流れてくるような,という一種のセーフティネット産業になっているかもしれない.
なお,労働時間やマンアワーを見ると,男女差はあまり見えなくなる.
沖縄のマンアワー, 男女別, 調査産業計.
  • どこかで変なことが起こっているような…? あまり額面通りに受け取れない.


次の図はパートタイム労働者比率である.男女ともコロナ期に低下している.男女問わず,非正規雇用が不況の調整弁になっていたように見える.
沖縄のパートタイム労働者比率, 男女別. 調査産業計.


3. まとめ的な話

丁寧な統計的分析を行ったわけではないが,目で追える範囲では,She-cessionの顕著な証拠はなく,あるともないとも判断できない.データによって異なり,労働力調査だとなし,毎勤だとありそう,という感じ.
Shecessionというよりは,男性の自営業や,男女問わず非正規雇用が悲惨な目に遭っているように感じる.
また,女性といっても,産業によって動向は様々である.

結局わかんない,という結論ならこの記事はなんだったんだ…と思われるかもしれないが,冒頭に書いたようにこれは「没ネタ」なのである (すみません).
今回わかったのは(前から知ってたが),県が集めているデータではたいしたことはわからないということである.

もちろん,就業者数が思いの外男性以上に減ってないからといって,女性が楽だ,といったことを言いたいわけではないので注意してほしい.同じ離職でも,セーフティネットからこぼれ落ちてがちなシングルマザーは男性よりも苦境に陥りやすい,といったことは考えられる.

コロナ禍で離職ショックが起こったら,それに続き労使の交渉力が変わり,賃金にも影響しそうな予感はする.が面倒なので賃金については今回はスルーで.


かれこれ1年半コロナ禍を耐え生き延びた飲食店は,かえって地元の常連客の信頼が厚い,おいしい優良店というシグナルになるような気がしている(金策だけうまいゾンビ企業かもしれないが).ワクチン接種が進むまでもう少しがんばってほしい.

Friday, March 19, 2021

『沖縄経済と業界発展 ー歴史と展望ー』

 沖縄の経済・経営史をまとめた本の1章を担当しました.どうぞご笑覧ください.

1950倶楽部編, 大城肇・與那原建・山内昌斗・大城淳 (2021) 『沖縄経済と業界発展ー歴史と展望ー』光文堂コミュニケーションズ

さっそく新聞でも紹介いただきました.

沖縄タイムス「県経済の歴史 「一冊」に凝縮 1950倶楽部 20日から発売」 2021年3月16日

琉球新報「沖縄の新社会人と就活生に必携の1冊 「1950倶楽部」が新刊を発行」2021年3月18日

 

概要

経済学者2名と経営学者2名が沖縄の過去を振り返る内容です.沖縄の企業がどこから生まれてどこへ行くのか,歴史的な展望を描きます.高校生や大学生向けの,非テクニカルな文章です.新聞2紙による歴史コラムも各所にあります.

この本は1950年創業の企業が集まった「1950倶楽部」の70周年記念として企画されました.ちなみに書籍の売上は全額寄付されるようで,私に印税は入りません.

 

執筆の経緯

弊学で担当している講義「沖縄経済論」の内容をどこかにアウトプットしておきたいと思っていたところに,執筆のお誘いをいただきました.

私は歴史能力検定1級日本史を持っている程度には歴史好きなのですが (高校生の頃は経済史の研究者になるつもりでした),経済史の研究者としてトレーニングしてきたわけではなく,アマチュアです.それでも,講義を通じていろいろ調べて考えたことは,英文査読誌でなくとも何らかの形にしておいたほうがよいだろうということで,恥を忍んで執筆することにしました.

当初は本の後ろの方にこっそり1章おまけで載せるようなつもりで引き受けましたが,いつの間にか第1章になってしまいました.


私の担当箇所

私は,個々の企業の歴史には触れず,よりマクロ的な視点から沖縄経済の歩みをたどっています. (本書自体は,個々の企業史をまとめた第2章が一番のウリです.)

淡々と歴史的事実を並べるというより,現代の経済学者 (の駆け出し) がどういった視点でものを見ているのかを伝えるような文章にしています.たとえば,逆因果や欠落変数バイアスをネチネチと潰していくところや,比較対象に目配りすること,インセンティブや人的資本に注目して説明しようとするところなどです.

当初は講義ノートと論文の間ぐらいの堅い,大部な原稿でしたが,編集を経てアカデミックな作法や厳密さを控えめにし,一般向けに寄せていきました.参考文献や脚註や専門用語をがっつり削ってあるため,読者によっては歯がゆいかもしれません.他方,余談もほぼすべて削ったので,本を読み慣れていない人にはまだ堅苦しいかもしれません.

経済学の理論を解説して沖縄での事例を紹介する,といった大学の講義っぽい構成 (たとえば横山『日本史で学ぶ経済学』みたいな) にしたかったのですが,時間と私の能力の都合で,だらだらとした編年体風の構成になってしまいました.次回作で構成を改善したいと思いますが30年後ぐらいになるかもしれません.

執筆していたのは去年の春頃で,感染症のせいで図書館も古書店もなかなか利用できず,いろいろ不自由しました.目を通したいものが増えるばかりで,積むことすらできていない積ん読が進みました.

 

私の章の内容

(1) 戦後のRGDPを見ると成長率のパスは驚くほど本土と似ている.この観察から,今貧しい最大の理由は,初期値の違い,ラフに言い換えれば歴史の違い,と言える.

(2) 琉球王国の中継貿易の様子を記述する.当時の貿易は沖縄県民を広く潤し育てるようなinclusiveなものではなかったのではという問題提起をする.

(3) 薩摩侵入後は,財政赤字に苦しむ,マルサスの罠に陥る,と散々である.士族 (血縁重視) と農民 (地縁重視) で,日本風なものと中国風なものとが混在するようになる.

(4) 明治維新後は,旧慣温存により日本式の近代化が遅れる.旧慣の善し悪しは論争があり,初期値の違いの一因と考えられるが,他方で平和的に制度移行をするための必要経費という側面もあったと考えられる.

(5) 戦後はアメリカの傘下で,基地依存輸入経済として復興を果たす.B円や米ドルを使った固定相場制を経験する.アメリカはシーツ善政のように,日中よりも沖縄を発展させる努力を払ったように見える部分もある.しかし復帰後・冷戦終結後も米軍基地の多くは残ったままで,政治的な軋轢を生んでいる.

なお,元ネタになった講義の資料は公開しています.

 

 既存の沖縄の歴史研究は他の日本経済史と似て,マルクス主義ならではの議論・問題意識が多く見られます.植民地は黒字か赤字か (西里・安良城論争) なんてボルシェヴィキかよ…みたいな.マル経だからだめだというわけではありませんが,私のような近代経済学の人が歴史を整理し直すのも新鮮で有用かと思います.

個人的には(1)がもっとも重要な指摘だと思っていて,initial valueをコントロールするのとしないのとで大きく違う,fixed effectの中身はそう簡単にわからない (外生的な変動に注目する必要),といった統計的事実を理解しないと,やすやすと偏見と短慮にまみれた感想文レベルの俺様沖縄経済論に陥ってしまうだろうと思います.沖縄の貧困は○の問題…みたいな血液型占いレベルの俗論が流行るぐらいですし.

ページ数と私の能力の都合で近現代が手薄になっていますが,そこは今後の課題にしたいと思います.とくに,米軍基地については私の定見のなさ・ノンポリさが目立つ気がします.すみません (私の文章を早合点した人に,基地賛成だの反対だの,政治的ななにかに利用されることは本意ではありません).その他論じたりない部分も多く残っていますがご容赦ください.

 

参考文献

岩波新書ほどではないですが,参考文献はかなり削りました.すべてではないですが,削ったもののうち影響されたものをここに載せておきます.

  • Galor, Oded, Omer Moav, and Dietrich Vollrath (2009) Inequality in landownership, the emergence of human-capital promoting institutions, and the great divergence. The Review of Economic Studies 76: 812 143̶179. 
    • 農民をエリートが搾取しているような社会では,エリートには人的資本を広く普及させるインセンティブが乏しい.これはわりと沖縄が明治維新後に工業化に遅れた理由としてしっくりくる説明な気がする.
  • 小野塚 知二 (2018) 『経済史 -- いまを知り,未来を生きるために』有斐閣
    • 評判がいいのでよく知らずに買ってみたらマル経でびっくりした.勉強不足で近経しか知らないので,マル経ベースの先行研究を読んでいく上で役立った.
  • 来間泰男 (2014) 『琉球王国の成⽴ 下: ⽇本の中世後期と琉球中世前期』⽇本経済評論社
    • 琉球王国は国というより商社,という発見はこの本で得た.
  • 高良倉吉ほか (2017) 『沖縄問題: リアリズムの視点から』中央公論新社
    • 本書執筆中に参照することはほぼなかったが,変な本が多い沖縄経済論壇では数少ないまともっぽい本 (ポジショントークは割り引く必要があるが).
    • 高良本は,「辺境性」がハンディ (自立経済構築の阻害要因) になっている,という地理ビューを持っている.
    • 私の場合,沖縄の地理的優位性についても言及してとリクエストがあり,最後に(ようやく自分の専門分野の)地理の話を付け加えた.私の考え方は,(1) Acemoglu-Robinsonみたいに,地理そのものは交絡がありすぎて経済成長への影響はわかりにくく,また一番大事な要因とは考えにくい,(2) 集積によるイノベーション促進は経済成長のエンジンになるはず(Kuznets, Bairochほかあまたの都市経済学) (だがFay-Opalなど成長なき都市化もあるかもしれない),(3) 重力モデルみたいに,貿易フローや賃金にも直接間接に影響する (文中では,Redding-Venablesを想定した説明をしている),といったものである.「地理的優位性」は市場ポテンシャルみたいに定量化できるとは思っているけど(実際計算したことはないものの),「辺境性」という固定効果でのお気持ち表明を試みているわけではない.
  •  武田晴人 (2019) 『日本経済史』有斐閣
    • 秩禄処分のくだりは,沖縄の旧士族層の解体周りの記述に役立った.
  • 真栄平房昭 (2003) 「琉球貿易の構造と流通ネットワーク」 豊⾒⼭和⾏ (編) (2003) 『⽇本の時代史18: 琉球・沖縄市の世界』吉川弘⽂館
    • 国際貿易にはエージェンシー問題がある,とアブナー・グライフやらの議論が先取りされていた.
  • 與那覇潤 (2011) 『中国化する⽇本: ⽇中「⽂明の衝突」⼀千年史』⽂藝春秋
    • 執筆当初は,この本のような中国化・日本化の視点で沖縄経済史を整理し直そうと考えていた.があまり真似しようとしても真似できず,中途半端なオマージュになってしまった.歴史系の先行研究は緻密な実証が主で,本書のような大きな話はなかなか語られてこず,適切な参考文献がなかった.
    • 私と同じような本を読んでいても,私よりずっと本質を読み取っていて,読解力の差を思い知らされる本.
  • 有間しのぶ 『その女、ジルバ』小学館
    • 校了後に読んだマンガ.執筆前に読めばよかったと思った.
    • 沖縄移民史については学術論文をいくつか読んだことがあったけど,移民についての知識と想像力がまだ足りておらず,しょーもない記述になってしまったのではと思わされた.
    • 以下ネタバレあり.このマンガは移民以外の部分も,学術的なバックグラウンドがあるようで (おそらく社会学) おもしろかった.主人公の同僚3人の描かれ方は印象的だ.3人とも会社・家族・近隣コミュニティといった中間集団からこぼれ落ちた存在であったが,1人は円満に結婚を決め (→家族),1人は地元に帰り (→近隣),伝統的なコミュニティに再び埋め込まれることになる.一方で残された主人公は(フォーマルな)会社とは決別し,非定型的な居場所と使命を見いだすことになる.社会学でいう後期近代?高齢化・未婚化・晩婚化が進む現代日本らしいテーマ.

 

謝辞

編集の意向で謝辞も本文から削りましたが,本章を執筆するにあたり,金城敬太氏に多くのコメント・示唆いただきました.ここに謝意を表します.講義でコメントや質問をいただいた学生たちにも感謝します.また,執筆の機会をいただき,上間優氏ら1950倶楽部のみなさまには深く感謝いたします.

もとより,私の文章は個人的見解であって,1950倶楽部各社とは無関係です.

Wednesday, March 10, 2021

新型コロナをめぐる雑感5

 1月に東洋経済のダッシュボード(のGitHubリポジトリ)が更新停止したようなので,自分で沖縄の実効再生産数を計算するようにしている.といっても逆計算もMCMCもせず,事実上週次の変化率を見ているにすぎないのだが.

特にオチはないが,足下での感染状況を記録しておく.

1. 感染者数が減っても宣言を続行していた

沖縄県の新規感染者数とその7日移動平均. 3月9日分まで.

2度の緊急事態宣言(赤いところ)を比較すると,2度目は感染者数が低い状態でも宣言をしばらく解除せずにいたことがわかる(実際2月28日まで3週間延長した).

延長の理由は医療提供体制の逼迫が挙げられていたが,春の観光シーズンが来る前に感染ゼロを目指していたような予感はする.

 

2. Rtは宣言延長中にリバウンド

しかし,緊急事態宣言の延長期間中には実効再生産数はリバウンドを始め,いまや1を再び超えるようになっている.

沖縄県の実効再生産数 (報告日ベースの簡易版).3月9日分まで.
多くの人が免疫を持たない状況では,油断すると指数関数的に拡大してしまうことは今までと変わらない.梅雨時期には再び1日100人を超える新規感染者数となり慌てることになるのかもしれない.ワクチンも医療体制も算術級数的にしか増えないので.

 

3. 移動は宣言中の2月から増加トレンドへ

Appleの移動傾向レポートで沖縄のモビリティを確認すると,2月に入った頃から交通モードを問わず上昇傾向にある.

沖縄県の移動傾向指数.20年1月13=100.

県と那覇市とで大きな差はないがついでなので那覇市の分もプロットする.

那覇市の移動傾向指数.20年1月13=100.

2月上旬に緊急事態宣言が延長される方向であることが報道されていたが,だいたいその頃から県民は徐々に緊急事態宣言に従わなくなったのかもしれない.2週間ほど遅れて実効再生産数のリバウンドがやってきて,解除した今足下で微増が続いている,と理解できそうである.

緊急事態宣言を再延長するらしい東京では,沖縄と同じく2月上旬頃に上昇したものの,2月後半から3月まで横ばい,という印象.

特別区の移動傾向指数.20年1月13=100.

東京に比べて沖縄は宣言を遵守しない傾向があるのだろうか? (単に規範意識が低いと言いたいわけではないのであしからず)


4. 出口戦略

  藤井・仲田が指摘していてなるほどと思ったが,緊急事態宣言の解除は,金融政策の出口戦略と似た要素を持っていると思った.

金融政策と少し違うのは,宣言に強い拘束力がなく長期間持続可能でないことや,政策反応関数がよくわからないこと(や首長たちが期待形成を意識したコミュニケーション政策に長けていないこと)だろうか.

新型コロナウイルス感染症の場合,エージェントは近い将来すら見通しが立たない,という不確実性の高い状況である.緊急事態宣言の実施期間も感染動向も予見しにくい.簡単ではないにせよ,ショックの打撃を和らげるために,こうした不確実性を払拭できるよう努力できないだろうか.