Friday, March 19, 2021

『沖縄経済と業界発展 ー歴史と展望ー』

 沖縄の経済・経営史をまとめた本の1章を担当しました.どうぞご笑覧ください.

1950倶楽部編, 大城肇・與那原建・山内昌斗・大城淳 (2021) 『沖縄経済と業界発展ー歴史と展望ー』光文堂コミュニケーションズ

さっそく新聞でも紹介いただきました.

沖縄タイムス「県経済の歴史 「一冊」に凝縮 1950倶楽部 20日から発売」 2021年3月16日

琉球新報「沖縄の新社会人と就活生に必携の1冊 「1950倶楽部」が新刊を発行」2021年3月18日

 

概要

経済学者2名と経営学者2名が沖縄の過去を振り返る内容です.沖縄の企業がどこから生まれてどこへ行くのか,歴史的な展望を描きます.高校生や大学生向けの,非テクニカルな文章です.新聞2紙による歴史コラムも各所にあります.

この本は1950年創業の企業が集まった「1950倶楽部」の70周年記念として企画されました.ちなみに書籍の売上は全額寄付されるようで,私に印税は入りません.

 

執筆の経緯

弊学で担当している講義「沖縄経済論」の内容をどこかにアウトプットしておきたいと思っていたところに,執筆のお誘いをいただきました.

私は歴史能力検定1級日本史を持っている程度には歴史好きなのですが (高校生の頃は経済史の研究者になるつもりでした),経済史の研究者としてトレーニングしてきたわけではなく,アマチュアです.それでも,講義を通じていろいろ調べて考えたことは,英文査読誌でなくとも何らかの形にしておいたほうがよいだろうということで,恥を忍んで執筆することにしました.

当初は本の後ろの方にこっそり1章おまけで載せるようなつもりで引き受けましたが,いつの間にか第1章になってしまいました.


私の担当箇所

私は,個々の企業の歴史には触れず,よりマクロ的な視点から沖縄経済の歩みをたどっています. (本書自体は,個々の企業史をまとめた第2章が一番のウリです.)

淡々と歴史的事実を並べるというより,現代の経済学者 (の駆け出し) がどういった視点でものを見ているのかを伝えるような文章にしています.たとえば,逆因果や欠落変数バイアスをネチネチと潰していくところや,比較対象に目配りすること,インセンティブや人的資本に注目して説明しようとするところなどです.

当初は講義ノートと論文の間ぐらいの堅い,大部な原稿でしたが,編集を経てアカデミックな作法や厳密さを控えめにし,一般向けに寄せていきました.参考文献や脚註や専門用語をがっつり削ってあるため,読者によっては歯がゆいかもしれません.他方,余談もほぼすべて削ったので,本を読み慣れていない人にはまだ堅苦しいかもしれません.

経済学の理論を解説して沖縄での事例を紹介する,といった大学の講義っぽい構成 (たとえば横山『日本史で学ぶ経済学』みたいな) にしたかったのですが,時間と私の能力の都合で,だらだらとした編年体風の構成になってしまいました.次回作で構成を改善したいと思いますが30年後ぐらいになるかもしれません.

執筆していたのは去年の春頃で,感染症のせいで図書館も古書店もなかなか利用できず,いろいろ不自由しました.目を通したいものが増えるばかりで,積むことすらできていない積ん読が進みました.

 

私の章の内容

(1) 戦後のRGDPを見ると成長率のパスは驚くほど本土と似ている.この観察から,今貧しい最大の理由は,初期値の違い,ラフに言い換えれば歴史の違い,と言える.

(2) 琉球王国の中継貿易の様子を記述する.当時の貿易は沖縄県民を広く潤し育てるようなinclusiveなものではなかったのではという問題提起をする.

(3) 薩摩侵入後は,財政赤字に苦しむ,マルサスの罠に陥る,と散々である.士族 (血縁重視) と農民 (地縁重視) で,日本風なものと中国風なものとが混在するようになる.

(4) 明治維新後は,旧慣温存により日本式の近代化が遅れる.旧慣の善し悪しは論争があり,初期値の違いの一因と考えられるが,他方で平和的に制度移行をするための必要経費という側面もあったと考えられる.

(5) 戦後はアメリカの傘下で,基地依存輸入経済として復興を果たす.B円や米ドルを使った固定相場制を経験する.アメリカはシーツ善政のように,日中よりも沖縄を発展させる努力を払ったように見える部分もある.しかし復帰後・冷戦終結後も米軍基地の多くは残ったままで,政治的な軋轢を生んでいる.

なお,元ネタになった講義の資料は公開しています.

 

 既存の沖縄の歴史研究は他の日本経済史と似て,マルクス主義ならではの議論・問題意識が多く見られます.植民地は黒字か赤字か (西里・安良城論争) なんてボルシェヴィキかよ…みたいな.マル経だからだめだというわけではありませんが,私のような近代経済学の人が歴史を整理し直すのも新鮮で有用かと思います.

個人的には(1)がもっとも重要な指摘だと思っていて,initial valueをコントロールするのとしないのとで大きく違う,fixed effectの中身はそう簡単にわからない (外生的な変動に注目する必要),といった統計的事実を理解しないと,やすやすと偏見と短慮にまみれた感想文レベルの俺様沖縄経済論に陥ってしまうだろうと思います.沖縄の貧困は○の問題…みたいな血液型占いレベルの俗論が流行るぐらいですし.

ページ数と私の能力の都合で近現代が手薄になっていますが,そこは今後の課題にしたいと思います.とくに,米軍基地については私の定見のなさ・ノンポリさが目立つ気がします.すみません (私の文章を早合点した人に,基地賛成だの反対だの,政治的ななにかに利用されることは本意ではありません).その他論じたりない部分も多く残っていますがご容赦ください.

 

参考文献

岩波新書ほどではないですが,参考文献はかなり削りました.すべてではないですが,削ったもののうち影響されたものをここに載せておきます.

  • Galor, Oded, Omer Moav, and Dietrich Vollrath (2009) Inequality in landownership, the emergence of human-capital promoting institutions, and the great divergence. The Review of Economic Studies 76: 812 143̶179. 
    • 農民をエリートが搾取しているような社会では,エリートには人的資本を広く普及させるインセンティブが乏しい.これはわりと沖縄が明治維新後に工業化に遅れた理由としてしっくりくる説明な気がする.
  • 小野塚 知二 (2018) 『経済史 -- いまを知り,未来を生きるために』有斐閣
    • 評判がいいのでよく知らずに買ってみたらマル経でびっくりした.勉強不足で近経しか知らないので,マル経ベースの先行研究を読んでいく上で役立った.
  • 来間泰男 (2014) 『琉球王国の成⽴ 下: ⽇本の中世後期と琉球中世前期』⽇本経済評論社
    • 琉球王国は国というより商社,という発見はこの本で得た.
  • 高良倉吉ほか (2017) 『沖縄問題: リアリズムの視点から』中央公論新社
    • 本書執筆中に参照することはほぼなかったが,変な本が多い沖縄経済論壇では数少ないまともっぽい本 (ポジショントークは割り引く必要があるが).
    • 高良本は,「辺境性」がハンディ (自立経済構築の阻害要因) になっている,という地理ビューを持っている.
    • 私の場合,沖縄の地理的優位性についても言及してとリクエストがあり,最後に(ようやく自分の専門分野の)地理の話を付け加えた.私の考え方は,(1) Acemoglu-Robinsonみたいに,地理そのものは交絡がありすぎて経済成長への影響はわかりにくく,また一番大事な要因とは考えにくい,(2) 集積によるイノベーション促進は経済成長のエンジンになるはず(Kuznets, Bairochほかあまたの都市経済学) (だがFay-Opalなど成長なき都市化もあるかもしれない),(3) 重力モデルみたいに,貿易フローや賃金にも直接間接に影響する (文中では,Redding-Venablesを想定した説明をしている),といったものである.「地理的優位性」は市場ポテンシャルみたいに定量化できるとは思っているけど(実際計算したことはないものの),「辺境性」という固定効果でのお気持ち表明を試みているわけではない.
  •  武田晴人 (2019) 『日本経済史』有斐閣
    • 秩禄処分のくだりは,沖縄の旧士族層の解体周りの記述に役立った.
  • 真栄平房昭 (2003) 「琉球貿易の構造と流通ネットワーク」 豊⾒⼭和⾏ (編) (2003) 『⽇本の時代史18: 琉球・沖縄市の世界』吉川弘⽂館
    • 国際貿易にはエージェンシー問題がある,とアブナー・グライフやらの議論が先取りされていた.
  • 與那覇潤 (2011) 『中国化する⽇本: ⽇中「⽂明の衝突」⼀千年史』⽂藝春秋
    • 執筆当初は,この本のような中国化・日本化の視点で沖縄経済史を整理し直そうと考えていた.があまり真似しようとしても真似できず,中途半端なオマージュになってしまった.歴史系の先行研究は緻密な実証が主で,本書のような大きな話はなかなか語られてこず,適切な参考文献がなかった.
    • 私と同じような本を読んでいても,私よりずっと本質を読み取っていて,読解力の差を思い知らされる本.
  • 有間しのぶ 『その女、ジルバ』小学館
    • 校了後に読んだマンガ.執筆前に読めばよかったと思った.
    • 沖縄移民史については学術論文をいくつか読んだことがあったけど,移民についての知識と想像力がまだ足りておらず,しょーもない記述になってしまったのではと思わされた.
    • 以下ネタバレあり.このマンガは移民以外の部分も,学術的なバックグラウンドがあるようで (おそらく社会学) おもしろかった.主人公の同僚3人の描かれ方は印象的だ.3人とも会社・家族・近隣コミュニティといった中間集団からこぼれ落ちた存在であったが,1人は円満に結婚を決め (→家族),1人は地元に帰り (→近隣),伝統的なコミュニティに再び埋め込まれることになる.一方で残された主人公は(フォーマルな)会社とは決別し,非定型的な居場所と使命を見いだすことになる.社会学でいう後期近代?高齢化・未婚化・晩婚化が進む現代日本らしいテーマ.

 

謝辞

編集の意向で謝辞も本文から削りましたが,本章を執筆するにあたり,金城敬太氏に多くのコメント・示唆いただきました.ここに謝意を表します.講義でコメントや質問をいただいた学生たちにも感謝します.また,執筆の機会をいただき,上間優氏ら1950倶楽部のみなさまには深く感謝いたします.

もとより,私の文章は個人的見解であって,1950倶楽部各社とは無関係です.

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