Friday, November 25, 2022

沖縄経済史本の改訂版が出ます

『沖縄経済と業界発展』が売れ行き好調につき,第2版が若干の改訂を加えて出版されることになりました.ありがとうございます.

過去のブログ記事: 『沖縄経済と業界発展 ー歴史と展望ー』

ISBNが新しくなり,

978-4-906-68919-4

となっています.


私の担当箇所の差分は以下のようにマイナーなものです:

  • 初版で書いた部分は一切変更していません.
    • 加筆修正したい気持ちはありますが,それは別の機会にしたいと思います.
  • 2版では,初版では抜けていた,復帰後の議論を追記しています (60--62ページ).
    • これといって学術的新規性のある内容ではありません.
私の担当箇所以外でも,ところどころ追記やデータの更新が行われています.
もし初版を持っていないのであれば,改訂版をお買い求めいただければと思います.
12月には県内書店に,もう少し経つととAmazon.co.jpなどでも購入できるようになろうかと思います (電子では出ないと思われます).



Monday, August 29, 2022

沖縄の県民経済計算のR01改定,パート1

 沖縄県の県民経済計算の最新版 (令和元年度) がリリースされていたので,どこが変わっているか簡単にチェックしている.

県民経済計算は,毎年リリースされるたび驚くような幅の改定がどこかにあるので,去年までの常識が通用しないものである.実際,2018年の実質GDP成長率が1.5%から0.5%に低下していてびっくりする.

このエントリはとりわけ国際収支 (域際収支) 部分についてのマニアックな備忘録.パート2があるかはわからない.

1. 基準の改定

平成27年基準に変わった (去年まで平成23年基準).デフレーターの参照年は平成27暦年に変わった (去年まで平成23暦年).

2019年までの情報であり,Covid-19の影響はギリギリ軽微だと思われる.


2. 対外取引の項目が変わってる.

参考資料の「域外受取の推移」「域外支払の推移」では,いくつか変数が増えたり減ったりしている.気になったのは対外受取に間接税が新たに加わっていたことである.

従来は,

経常収支 = 経常取引(受) 総額」 - 経常取引(払)総額

 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 第二次所得収支

であった.しかし今年度からは,二番目の等号が成立しない.

経常収支 = 経常取引(受) 総額」 - 経常取引(払)総額 

 = 貿易・サービス収支 + 第一次所得収支 + 

第二次所得収支 生産・輸入品に課される税(控除)補助金 (中央政府)

へと修正されたようである.なお,ここでは国際収支の用語を用いているが,

貿易・サービス収支 = 移出(FISIMを除く) + FISIMの移出入(純)- 移入(FISIMを除く),

第一次所得収支 (昔の所得収支) = 域外からの要素所得(純),

第二次所得収支 (昔の経常移転収支) = 域外からの経常移転 - 域外への経常移転,

である.

この間接税の部分は,中央政府と地方政府の区別が今年から新たに加わっており,注意が必要である.マクロの入門テキストから類推されるように,

GDP = 雇用者報酬 + 営業余剰・混合所得 + 固定資本減耗 + 中央政府・地方政府の税-補助金,

なのだが,このうち中央政府分は域外に漏出し,

要素費用表示NI  = 市場価格表示NI (第一次所得バランス) - 地方政府の税-補助金

= 雇用者報酬 + 営業余剰・混合所得 + NFIA

となっている.


中央政府分の税・補助金は,移出品にかかる消費税の国税分?や関税,みたいなものを想像すればいいのだろうか? 酒税や航空機燃料税はどうだろう? もともと中央政府等への経常移転はあった (おそらく所得税・法人税) が.


この中央政府分の生産・輸入品に課される税ー補助金は,2155億円 (GDPの約5%,経常収支の約4倍, 輸出の約14%) あり,無視できない大きさである.


上の図は去年の経常収支(CA)と今年の経常収支,および今年の貿易サービス収支+2つの所得収支,をプロットしたものである.

従来は経常収支が黒字でだいたい横ばいだったものが,改訂版では直近では赤字・低下トレンドに見える,という違いがある.貿易収支やらとCAの乖離が中央政府間接税であるが,こちらは少しずつ拡大しているように見えなくもないが動きは小さい.


おそらく貿易収支は産連から適当に推計していて,為替レートやら交易条件やら金利やら価格の動きに対する反応がタイムリーには反映されないと思われる.


3. 資本移転等収支の項目が変わってる.

かつては

資本移転等収支 (昔のその他資本収支) = (参考)資本取引(受) - (参考)資本取引(払),

であった.今年の資料にも同じく(参考)資本取引の系列はあるが,定義が変わっている模様.つまり,

資本移転等収支 = うち域外からの資本移転 - うち域外への資本移転,

に変わっていた.このように計算しないと,以下が恒等的に成り立たなくなってしまう.

経常収支 + 資本移転等収支 = 金融収支

では,資本取引と資本移転の違いは何だろうか? これはヒントが県の資料になく,今はよくわからない.以前は,資本移転は国庫との取引で,資本取引はそこに小さい「その他」を加えたもの,であり無視してよさそうであった.しかし新基準では資本移転と資本取引のギャップがけっこう大きくなっており,特に2019年はギャップが1桁増えている (ネットで2147億円).沖縄振興予算規模の「その他」はその他じゃないだろう.軍関係とは違う模様.


資本移転等収支の改定自体はあまり大きな影響はなさそうである.土木工事のたぐいの移転は金額が動きようがないのかも.経常収支・金融収支の変化と並べてプロットすると次の通り:

経常収支の変化にともない,金融収支の動きも変化していることがわかる.ただし,資本移転等収支があるため,経常収支が赤字でも金融収支は黒字である.学生に教えにくいったらありゃしない.

なお,もともとこの資本移転等収支の部分は「資料の制約により民間部門の資本移転を推計していない。」と注記がある.が,民間部門の資本移転はたぶんあっても限られていると想像される.


4. まとめ

経常黒字だと思ってたら経常赤字になっていた (が金融収支は黒字のまま).中央政府の位置づけが新しい基準のもとで変わり,間接税が域外に出ていく部分を新たに加味したため.

資本移転等収支はよくわからないけど以前の基準より減っていて,直近だとそのギャップが2000億円以上あり理由が知りたい.


念の為,変な新聞が,沖縄県が独自に基準を変えて都合よく統計を操作してるように見えるよーみたいないい加減な報道をしないよう注意しておくと,中央政府等の位置づけを見直しているのは全国共通である.あと,経常収支が赤字だったら悪,と判断する国際マクロ経済学者はたぶんいない.

Sunday, August 21, 2022

2022都市経済学講義メモ6

 講義メモシリーズ最終回.我ながらけっこう面白い講義になったと思うし,学生も課題が難しいという以外はわりと好感触っぽかったので,あと数年ブラッシュアップしたらカジュアルな本にでもまとめたいものである.新しい研究アイディアも一つ思いついたので,一段落したら取り組んでみたい.専門分野の講義をするのは楽しい.


7. housing and land markets

不動産の概観.砂原『新築がお好きですか?』が,経済学者の書いたものではないけれど,読み応えがあってよい.比較制度分析は今はあまり見かけない気はするが重要な視点だと思う.

Glaeser and Gyourko (2005) やSaiz (2010) を,ストック・フローアプローチを混ぜたようなモデルで紹介した.しかしモデルと現実の距離がけっこう遠く感じ,あまり好みではない.

嘉手納町が「人口が減ってる原因は住宅供給が足りないから」という趣旨のことを言っているみたいだけど,どういうモデルを想定してどう識別しているのだろう? 超過需要が需要減の原因とは? 負の供給ショック? 価格見て言ってるのかな?


7.2. Bubble

収益還元法を教えるついでに土地バブルについて話をした.

Bernanke, Gertler and Gilchrist (1999) などの金融アクセラレーターやOlivier (2000) の成長促進バブルもちらっと紹介しておく.

平成初頭にも都市経済学者の間では,そもそもあれはバブルだったのか (ファンダメンタルズの動きで説明できる部分も多かったのでは),金融政策だけが問題なのか,など深い議論が交わされていた.しかしその後どういった方向に議論がいったのだろうか…

GFC前夜,サブプライムのときは不動産バブルが大変だったという話をしたが,最近のCase-Shillerは当時をはるかに上回る価格上昇ぶりで,米国は住宅危機にあるようだ.住宅供給危機なのだろうか?


8. Transportation

8.1. Congestion externality

外部性やらピークロード・プライシングやらの話から始める.

で,混雑は他人の時間や体力を奪う,というだけでなく,健康被害もあるという研究を紹介した.

Currie and Walker (2011) は,ETC導入で料金所付近の混雑が緩和されることで,未熟児・低体重児が生まれるリスクが減った,というDiDをしている.政策含意が明らかで重要な研究だと思われるが,そんなに効果量は大きいのだろうかという気はする.

また,学生から質問があったが,なぜ比較群はもともと介入群より低出生体重児が多いのだろうか.混雑のボトルネックから離れている人たちはもっと低くてもいいはずである.本当に平行トレンドという形での比較可能性が正当化できる群なのだろうか.

講義資料を作った後に見つけた研究,Herrnstadt et al. (2021) はCurrie-Walkerと似た議論をしている.高速道路付近での風向きをチェックし,風下にいると (風上に比べて) 粗暴犯罪が増えるとのことである.風を日次でみるとたしかにそこそこランダムだと思われるので,おもしろいデザインだと思う.


8.2. addressing congestion

渋滞緩和政策をどう考えるか,という視点で議論を進めた.Wardropモデルを紹介し,インフラ投資の効果はシステム全体に波及するので,素朴なDiDはダメよ,という注意喚起をした.Braessのパラドックスは名前だけ紹介.

Robert Fogelの議論も紹介.ついでにDonaldsonみたいに,同質財の価格差や貿易シェアといった観測可能な情報から,観察できないものを埋めるような分析も紹介しようと思ったが,時間が足りず省略.


8.3. Mobility as a Service

スマートシティやMaaSといった最近の話題も紹介しておいた.MaaSはプラットフォームの理解なく事例を追いかけてもあまり意味がないと感じたので,両面市場も勉強しろと念を押して置いた.

MaaSの皮切りになったHeikkila論文は修士論文だったそうな.修論で大きなビジョンを提示するというのはなかなかできないなと思ったが,修論だからこそ大風呂敷を広げられるとも思った.

あと,交通はエンパワーメントとしての役割ももっているとも強調しておいた.AI, IoTなど技術は (上滑りなバズワードになりがちだが) 助けになると思われる.足が不自由でも,リモートワークで活躍できるようになるかもしれない.モビリティを (コスト・ベネフィットに見合った形で) 高めることはこれからの時代も重要な課題であり続けるだろう.


9. Conclusion

全体を振り返ると,実証全盛期のご時世を反映した講義となった.教科書には載っていない,大学じゃないと聞けない講義になったと思う.

学生の反応は,内容はおもしろいけど数学はちょっと…って感じであった.高校までに習う数学がほとんどだったと思うけど… (その後,高校で微分をやっていないことに気づいた).

久しぶりに対面講義中心で行った.BA.5が心配な時期ではあり自身が感染しなかったのは幸運だったと思うけれど (バイト先は学生の10%弱が対面試験を感染症のため受けられなかった…),なんやかんやで教室に来てもらうことは大事な気がする.あと,教室のプロジェクタが悲惨だったので,これだから地方国立は…と感じた.


終わった後,この分野に興味があるけど就職はどういうところがいいのか,という質問をもらった.公務員や不動産・交通以外にあんまりいいところが思いつかなかった.都市計画や建築や金融の人とは違った,都市経済学人材ならではの出口はないものだろうか.学士だと専門性では勝負できないとしても何か関連業界があるとうれしい…


後期は必修ミクロを担当予定である.正直ミクロは得意じゃないし好きでもないので…….


Reference

砂原庸介 (2018) 『新築がお好きですか?:日本における住宅と政治 (叢書・知を究める)』ミネルヴァ書房

Bernanke, Ben S., Mark Gertler, and Simon Gilchrist. "The financial accelerator in a quantitative business cycle framework." Handbook of macroeconomics 1 (1999): 1341-1393.

Currie, Janet, and Reed Walker. "Traffic congestion and infant health: Evidence from E-ZPass." American Economic Journal: Applied Economics 3.1 (2011): 65-90.

Herrnstadt, Evan, Anthony Heyes, Erich Muehlegger, and Soodeh Saberian. 2021. "Air Pollution and Criminal Activity: Microgeographic Evidence from Chicago." American Economic Journal: Applied Economics, 13 (4): 70-100. 

Olivier, Jacques. "Growth‐enhancing bubbles." International Economic Review 41.1 (2000): 133-152.

Monday, July 11, 2022

2022都市経済学講義メモ5

研究室のWi-Fiアクセスポイントが不調で,1週間ほどネットにつながらずいろいろと滞っている…

講義録続き.

6. system of cities

これまでは都市内の話.ここからは都市システムを俯瞰した話.

6.1. Rank-size rule

都市規模は正規分布のようにはなっていないよというよく知られた話.Oshiro and Sato (2021) でもこういう議論やってるよと軽く宣伝しておいた.

学生がExcelで作図できるようsizeとrankのデータセットも用意しておけばよかったと,終わった後で思った.


6.2. Central Place Theory

森先生のPNASも紹介しておいた.

財の「次元」ってなかなかピンとこない概念だけど,Hsuのような説明を匂わせるようにした.


7. Economies of Agglomeration

都市経済ならではのセクションであり,腕の見せ所である.Moretti本のようにMarshall型を現代的な解釈で紹介するといい気がしつつ,ベストセラー丸パクリだと寂しいので適宜工夫する.

地域特化・都市化という分類は正直あんまり好きではないなと思った.Nursery Cityって実証あるのかな.あとHHIは都市化の指標としてはいまいちだと思っている.

逆因果に注意しよう,というのはこれまでの講義で何度か言及してきたので,sortingについても議論を足した.De La Roca and Puga (2017) は,むしろsortingの効果は弱くて,都市でlearningした成果が地方に移動してもなお残る (ので静学的な集積経済が固定効果を入れると弱るように見える),という動学的な効果を強調していて,こちらもちらっと紹介した.

今まであまりよく考えていなかったが,集積の弾力性1%って,都市規模2倍で年収1%up,都市規模10倍で2%強upみたいなマグニチュードなので,とても微妙に感じる.さすがにもうちょいあるのではという気もする (地方で年収200万円の人は東京で300万円ぐらいあっても? (人口だけでなく資本装備率なども違うのでしょうが)).

あと,弾力性が4%のとき,都市規模2倍になっても4%は上がらず,2.811%しか上がらないような気がする (2^0.04 = 1.02811...).弾力性って100倍して解釈するとけっこうズレてしまうものなのか…?

以前Behrensかだれかが,Matching-Sharing-Learningの他にSignalingもあるのではというのを指摘していたが,出所が思い出せない.

講義には間に合わなかったが,Papageorgiou (2022) では,大都市は職業の選択肢が多く,マッチングの質が高まる,というlabor poolingのモダンな実証をしているようで,面白そう.

都市はバラエティ豊か,という話はいっそう重要な時代になってきている気がする.多様性については,沖縄はテレビ局の数も少ないよねみたいな例がわかりやすい気はする.

価格そのものは都市と地方と大差ないけど,選択肢が都市のほうが広い.そのため高所得者ほど都市の消費機会の恩恵を受けやすいようである (Handbury and Weinstein 2015; Handbury 2021).

昨日の参議院選挙で思ったことだが,この春郊外に引っ越したことで,徒歩圏内に投票所がないという状況を人生で初めて経験した.日本中どこでも (さすがに離島などは除くが) 投票はすぐそこでできるものだとばかり思い込んでいた.政治的な機会も,都市とそれ以外とで大きく差がつくようである.


Reference

Handbury, Jessie, and David E. Weinstein. "Goods prices and availability in cities." The Review of Economic Studies 82.1 (2015): 258-296.

Handbury, Jessie (2021) "Are Poor Cities Cheap for Everyone? Non-Homotheticity and the Cost of Living Across U.S. Cities." Econometric, aVolume 89, Issue 6, 2679-2715

Oshiro, Jun, and Yasuhiro Sato. "Industrial structure in urban accounting." Regional Science and Urban Economics 91 (2021): 103576.

Papageorgiou, Theodore. 2022. "Occupational Matching and Cities." American Economic Journal: Macroeconomics, 14 (3): 82-132. 

Roca, Jorge De La, and Diego Puga. "Learning by working in big cities." The Review of Economic Studies 84.1 (2017): 106-142.

Sunday, June 12, 2022

2022都市経済学講義メモ4

最近,Consumer Cityは「趣都」と訳すといいのでは,と思いついた.

それはともかく,講義メモの続き. 15回の講義で,用意したものすべてできなさそうな予感がしてきた. 

5. segregation and urban poor

日本だとあまり意識しないけど,segregation (特に人種) は都市の重要な問題である(が個人的には詳しくない).

5.1. agent-based Schelling

昔QuantEconを見ながらSchellingのsegregationを計算したことがあったので,それをさらっと紹介した.

ちょっとした差別意識があると,数世代後には大きな断絶ができることがある,という話.

人は集団への帰属意識を見出しやすいことや (Hargreaves Heap and Zizzo 2009だと,自分と違う集団を信頼しない),差別意識にもtipping pointがあることも紹介した.


5.2. urban poor 

貧困層が都市内で固まりスラムができる,といった問題も紹介.スラムの問題は社会学に学ぶことも多いと思われる (白波瀬 2017など).

Matt Kahnが最近書いていた本で紹介されていたけど,貧困地域は物価も高いそうだ.万引のリスクがあるから (+空間価格差別) とのこと.そういえば県内某貧困層向けスーパーは品質の割に高いよなーと思い当たるフシがあった.

ただし,モビリティ低い貧困層向けに独占力を行使する,というストーリーはDellaVigna and Gentzkow (2019) を思い起こすとなんとなく合わない気がする.

講義ではHeblich et al. (2021) を紹介した.汚染地域に貧困層が集まって,汚染が解消された後もそれが続くとのこと.


5.3. affordable housing

公営住宅やレント・コントロールなど,福祉政策としての住宅政策があることを紹介.ただし日本だと公営住宅は乏しく,家賃補助もほぼ普及していない.

価格を歪めるような政策はそもそも正当化が容易ではないことも,よくある効用最大化モデルで見ておいた.もちろん,現実が完全競争市場ではないこと,効率性がすべてではないことも注意すべきである.


5.4. CMTO

Chettyらの一連の研究では,internegerational mobilityに地域間変動がかなりあることが指摘されている (Opportunity Atlas).さらにChettyはいい場所に移住させてどうなるか評価しようとしているようだ(CMTO).

そういうわけで,MTO, CMTOを簡単に紹介しておいた.貧困や格差に経済学ではこう取り組むことができる,という一例である.

恵まれない人は,好きで希望のない場所に住んでいるわけじゃない.いい場所に住居を確保する能力 (ケイパビリティの一種?) が欠けていてそれを比較的低コストで埋められるなら,いい政策になると思われる.

とはいえ,Opportunity Atlasで推定されるmobilityは,次世代にも外挿できるのかが気になった.いい場所にはいい学校があったのかもしれないけれど,現代の子どもを移住させてもいい先生やいい校長はとっくの昔にいなくなっていていい設備は陳腐化しているかもしれない.(論文読んでないので未確認)


貧困層を富裕地に移動させるCMTOとは逆に,「中の上」ぐらいを貧困地域に移動させる例が,Cummingsら (2002)で報告されている.いわく,移住してきた人は住居の周りに「フェンス」を張って,周りとはほぼ交流しなかったそうだ.砂漠にオアシスはできたけど緑化はしなかったという感じ.social networkが形成されるインセンティブもよく考えないと,CMTOは思い通りに機能しないかもしれない.


Haltiwangerら(2020)のHOPE VIプロジェクトだと,移住によるいい効果は雇用機会改善 (空間ミスマッチ緩和?) によるようである.子供の育つ環境も大事だけど,親の経済的な安定性を高めることも重要な気がする.


Reference

Cummings, Jean L., Denise DiPasquale, and Matthew E. Kahn. "Measuring the consequences of promoting inner city homeownership." Journal of Housing Economics 11.4 (2002): 330-359.

DellaVigna, Stefano, and Matthew Gentzkow. "Uniform pricing in us retail chains." The Quarterly Journal of Economics 134.4 (2019): 2011-2084.

Haltiwanger, John C., et al. The Children of HOPE VI Demolitions: National Evidence on Labor Market Outcomes. No. w28157. National Bureau of Economic Research, 2020.

Hargreaves Heap, Shaun P., and Daniel John Zizzo. "The value of groups." American Economic Review 99.1 (2009): 295-323.

Heblich, Stephan, Alex Trew, and Yanos Zylberberg. "East-side story: Historical pollution and persistent neighborhood sorting." Journal of Political Economy 129.5 (2021): 1508-1552.

白波瀬 達也 (2007) 『貧困と地域 - あいりん地区から見る高齢化と孤立死』 中央公論新社


Tuesday, June 7, 2022

インタビューされました

先日インタビューを受け,記事にしていただきました.インタビューというよりゆるい雑談でとりとめもない感じではありますが.

HUB沖縄: これからの沖縄振興について今一度考えてみる 第6次計画を読み解く


沖縄振興政策はとくに専門でもなく,生半可な知識と考察で触れてやけどしているかもしれません.EBPMについて上から目線で偉そうに言ってますが地方政府には地方政府なりの事情があるとは思います.

インタビューを受けた後に西銘大臣ビジョンが出て,政府と県がバチバチやり合う政治イシューになっている感もありますが,私は政治に興味が薄くまた巻き込まれたくないという気持ちも強いですよろしくお願いします.


インタビューで話題にならなかったものの,言っておくべきことはもっとあったような気がするので以下思いつくままに私の感じ方を挙げておきます.専門じゃなく,無責任な思いつきレベルですが.

  • そもそも,沖振計の取りまとめに関わった関係者には敬意を持っています.計画を外野からバカにする意図はありません.あしからず.
  • 現職知事のイニシアティブはあまり見えない気がする.
    • SDGsや普天間基地の県外・国外移設が盛り込まれたあたりは政治家の声を感じるが.辺野古移設を食い止めたかったら北部の経済振興にもっと本腰入れたほうがいいんじゃないですかという印象もある.
    • 県の場合,長期計画を策定する企画部がガバナンスの軸になっていると勝手に思っている.しかし知事も企画部もそれほど強くはなく,いろいろな業界の有識者の意見を総花的にまとめるにとどまっているような印象 (ので前回計画よりページ数が大幅増量).草の根のボトムアップな計画とも言えるが,トップのマネジメント能力の不足とも…
      • 政府の仕事は公共財供給など市場失敗の是正…みたいな,大枠の政策思想があまり見えない.いろんな人の話を聞いて,各課で最近やってることをまとめました,という印象を受けた.
    • 「誰一人取り残さない」はもちろん大事な理念だけど,政治家は誰かは損するけれど社会全体のためになるので対立する利害を調整する,といった役目も担うべきではなかろうか.
  • EBPMを推進する資源は確保困難:
    • EBPMは河野太郎の影響と思われる.しかし,そういうあなたも性教育で貧困対策を,みたいな発言をしていて,それはエビデンスがある政策なんかいなとは思った (あるかもしれないけど).
    • 中央省庁でさえEBPMはなかなか進まない.地方政府には,せいぜいどこかのコンサルに投げてロジックモデルを作ってもらうぐらいしかできないかも.エビデンスをチェリーピックしたPBEMも横行しそう.
    • 修士号以上を持つ公務員・県議がいっぱいいれば違うのだろうけど,そういう人はもっといいjob opportunitiesが溢れていると思われるし,そういう人が県庁職員をやるのはミスマッチで資源の無駄遣いでさえある恐れも.
    • 公務員の人事制度も,専門的な評価と相性が悪そう.県庁職員はジェネラリストとしての資質も必要 (中央省庁よりはスペシャリスト色があるが).また,過去の政策がいまいちだった…なんて評価が下る可能性があることは嫌がるに決まっている.
    • そんなわけで,「地方政府の身の丈にあったEBPM」が必要だと思われるが,それは難題だと思われる.気合でなんとかなる問題ではないので,大臣がやれといってもすぐにはできないものである.
      • 記事だと公務員はエコノメを知らないバカと言ってるように聞こえるかもしれませんが,現存のリソースで少しずつ改善していけばいいのではぐらいの感覚でいます.
  • DX:
    • 振興計画にDXがんばるってたくさん書いてあるけど,Solowパラドックスを想起せざるを得ない.組織改革や有形無形の投資が不可欠だと思う.
    • 県だけがDXをがんばっていくわけじゃないので,全国平均以上の成長率をDXで達成するのは,それなりの戦略が必要であろう.オードリー・タン率いるデジタル庁相当の部署を県に創設してやるぜーぐらいのやる気と資源がないと掛け声倒れになるのでは.
    • もちろん,中小企業はPOS使っていてもろくにデータを整理すらできず会計情報を読めず意思決定に役立てていないところも多いかも.デジタルで生産性を高める余地はたくさんありそう.記録があれば地銀側で分析することもできるかもしれないけど,地銀マンに修士号以上を持つデータ分析人材は…
  • 成長率:
    • 毎年3%成長はちょっとねー?というのが第一印象.だが,インフレが来たり,Covid-19での落ち込みを基準にしたり,インバウンドがリバウンドすれば,名目成長率の目標自体はあっさり達成できるかもしれない.
    • それはそうと,県民経済計算のリリース日が年々遅くなっている気がする.企画部統計課がんばってください.
  • 東海岸サンライズ構想:
    • コンパクト+ネットワークという今どきの国土計画に真っ向から立ち向かうかのような,Eraihito-based Policy Makingという印象..
  • 西銘大臣ビジョン:
    • 予算の使途は (国と対立するような首長がいる) 県の自由にさせないよ,というところだろうか.歴史の教科書に載る場面を見ている気持ち.
    • 県の計画は県庁職員がまとめている(と思われる)のに対して,大臣ビジョンは聡明なキャリア官僚がまとめているように見える (霞が関パワポがきれいで印象的).
    • 「強い沖縄経済」にこれまで具体的な定義がなかった (と思う) ところ,ようやく域外競争力が強く,外部変化に強く,民間主導,という3要件が示された.しかし,移輸出できるけど外部の状況に左右されにくいってどうするんだろうか.でかすぎてaverage outできないほど強い企業が生まれないようにする,みたいな話じゃないといいけど笑
      • 「強い沖縄経済」は「Make America Great Again」感がすごいフレーズで,何を目指しているのか見えなかったけど,あえて示さなかったとすると私の想像以上に首相とその周囲は周到だなという気がした.




Monday, May 9, 2022

2022都市経済学講義メモ3

講義メモの続き.


4. 単一中心都市モデル (パート1)

理論をゴリゴリやりたくないと思いながらも,結局効用最大化問題を説明するはめになった.「空間均衡」がモデルの鍵になっている.教えるのはなかなか大変である (大変なのは学生であるが).

AMMの概観はGlaeserのレクチャー本がシンプルでいいと思うのだけど,結局Fujita 1989から大きく外れたことはできないなと思った.Bruecknerのように生産部門(建設)を入れるのも大事だとは思うけれど時間がもったいないので省略した.


土地市場の中で連続と離散が混在していておかしい,というBerliantの批判は,昔は方便なんだから細かいことは許してやってちょんまげ…ぐらいに軽く思っていたが,教える立場になるとなんだかむずがゆくなってきた.

あとは,土地と住宅の区別が曖昧なのも少しむずがゆい.


4.2. 単一中心都市モデルの実証 (手弁当)

本講義は経験主義も押していきたいので,距離が遠いと不動産価格が下がるはず,という理論的予測を,実際のデータで観察できるかどうか,データ分析の実践例も紹介した (マンションの取引データ(REINS)で簡単なヘドニックを回した).

マグロ解体ショーみたいなもんで,データをどう料理するか・結果をどう解釈するかの過程をダイジェストで見てもらうことに.


で,理論通りに距離と価格が負相関,というのは幸か不幸か見られなかった.

理論通りにいかない理由はいろいろ考えられるが,(1) 品質や所得や将来性や建設コストなどunobsをコントロールしきれていない (間取りや築年数はわかるが) (omitted var),(2) そもそも「CBD」ってどこやねん「距離」って何やねんという問題 (error in var),(3) 偏ったデータしか手元にない問題 (sample selection),といった観点から批判的に考える必要があると指摘した.


4.3. 単一中心都市モデル (パート2)

いくつかの拡張を紹介する.理論をいじるだけでなく,最近の重要な実証研究もちょくちょく紹介していく.

1. ロットサイズの選択を無視すると計算しやすく,比較静学がシンプルになる.

都市間移動を加味するかどうかによって比較静学が大きく変わる・直感に反することを示し,理論モデルを作り仮定を明示しながら議論を進める重要性を説く.

2. 所得が異質だと,金持ちが郊外に住む (住宅が正常財で通勤の時間的費用がそれほど高くなければ) ことがわかる.segregationについては次回のテーマ.

3. アメニティが不動産価格に与える影響を紹介 (資本化).

アメニティが不連続的に変わると価格もジャンプするはず."Consumer city"やボヘミアン・ゲイ指数のように,都市の盛衰は生産だけでなく消費にも大きく左右されるかもしれない.地理的な回帰不連続デザインやヘドニックのアイディアもこっそり紹介する.

4. 放射状交通という仮定を緩める.幹線道路があるとそこに都市が広がることがわかる.

Baum-Snow (2007 QJE) はまさにその実証を,計画路線をIVにして行っている.テキサスの図が論文のキラー・アイディア.

5. CBDが1つ,という仮定を緩める.

サブセンターがあるとHamiltonの過剰通勤パズルも部分的に解消できるかもしれない (Ng 2008 JUE).

CBDが内生的にできあがるFujita-OgawaやFujita-Krugman-Moriモデルで空間経済学が発展していったことをちらっと紹介.

6. CBDがCBDでなくなるとどうなるか,も紹介.つまりAhlfeldt et al. (2015 ECTA) を紹介した.右半分へのアクセスが途絶すると中心が「中心」でなくなるので,CBDが西側に寄っていく様が見て取れる (彼らも歴史がIV).


昔から単一中心都市モデルは調整過程がとてもむずがゆく思っているので住宅サーチモデルも紹介したいところだがtoo muchなので省略.


Reference

Ahlfeldt, G. M., Redding, S. J., Sturm, D. M., & Wolf, N. (2015). The economics of density: Evidence from the Berlin Wall. Econometrica, 83(6), 2127-2189.
Baum-Snow, Nathaniel. "Did highways cause suburbanization?." The quarterly journal of economics 122.2 (2007): 775-805.
Ng, Chen Feng. "Commuting distances in a household location choice model with amenities." Journal of Urban Economics 63.1 (2008): 116-129.

Monday, April 25, 2022

2022都市経済学講義メモ2

講義メモの続き.

 3. 都市の定義

「都市」が市町村のような行政区分と一致する保証はない.「市町村」は国際比較可能な単位でもなく,国・地域によってサイズや統治機構はさまざま.都市雇用圏など適当な定義で画定していく必要がある.都市雇用圏はCBSAのように国際比較可能な単位であることがうれしい.


理論上は,労働市場や非貿易財の市場が清算される範囲,を都市とみなすと自然だと考えられる.同じ都市の中で需給が一致する.名護市民が那覇で野菜買わないみたいな話で,日々の消費生活は都市の中で完結する.土地市場も,労働市場が完結する範囲で閉じると推察される.そういうわけで都市雇用圏や通勤圏は,通勤フローを使って郊外を特定し,一つの都市圏とみなす.

  • 市場が単一・統合されているかの視点から都市を定義することもできるかもしれない.グローバル化・市場統合を地域間価格差から分析するような話 (Williamson & O'Rourkeなど) もあるし,通勤や貿易のフローではなく価格の情報を使って都市を画定してみたい気持ちを昔から持っている.
    • 国と地域の違いは,人口移動のしやすさ (国際経済だとRicardo-HOなど人口移動や資本移動がないモデルが標準),という解釈が一般的だと思う.価格でなく人流で定義すること自体が問題だとは思わない.


DIDは,密度,隣接,総人口の3条件で検出する.密度を見るのは農村や山林を落としたいため,隣接や総人口を見るのはゲーテッド・コミュニティやマンションなど局所的な高密度を落としたいため,と考えられる(はず).

金武町金武は密度4400人/km2, 人口5300人でDIDの条件をギリギリ満たしている例になる.ついでに金武町は2015年にはうるま市の郊外として沖縄市都市雇用圏に加わるなど,変化が見られる場所である.


都市雇用圏では満足できないので独自の定義・アルゴリズム・データで画定していくような研究 (足立ほか,Fujishima et al.) も紹介した.


都市の定義を考えることで,「東京」って何だろう,という引っかかりができるとよい.シンガポール(や香港)のような都市国家は周辺も含めて都市なのでは,という応用例も.


Reference

Adachi, Daisuke, et al. "Commuting zones in Japan." Research Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI) (2020).

Fujishima, Shota, et al. "The size distribution of ‘cities’ delineated with a network theory‐based method and mobile phone GPS data." International Journal of Economic Theory 16.1 (2020): 38-50.


Sunday, April 24, 2022

2022都市経済学講義メモ1

 新しく「都市経済学」という半期の専門科目を持つことになり,講義資料をいちから作成している.講義のストラクチャーを独り言のようにしてメモに残す.


1. 特色

都市経済学の既存の定番テキストは,すぐれた理論家たちが書いていることもあり,理論の比重が大きい.講義では実証研究(結果というよりデザイン)を紹介し,実証マインドも育てていく.

学生はラグランジュ乗数法あたりまで知っていて統計学は必修のようなので(経済学以外の専攻だとだめそうだが),難易度は佐藤先生の『招待状』と高橋先生の間ぐらいを目指す.


2. ガイダンス

都市は学際的な分野である.今どきの経済学的なアプローチは,最適化・均衡・経験主義が他分野との違いである.本講義も今どきの流れに乗る.


伝統的な都市経済学 (AMMも当時はNew Urban Economicsと呼んだそうな) は,土地利用の秩序を簡素なモデルで表現することに大きな関心があった.Von Thunen『孤立国』が元祖で,Fujita and Ogawa (1982) はこの流れの金字塔的作品である.


AMMのような枠組みでは,アクセシビリティが鍵である.不動産の価格は土地や住宅という希少で異質な資源を配分するシグナルである.アクセスの良い場所は高まる効用を打ち消すように (∵ 空間均衡) して住宅価格が高まり,高い住宅価格を支払ってもよいという人が住むようになる,など.そういう次第で,アクセスと家賃にトレードオフが生じる.


同時に,「アクセスも悪いし家賃も高い」「アクセスがよく家賃も低い」ようなものは均衡にならない,という予測も立つ.そうした住民は最適化に失敗している (ように分析者が見える) からだ.

Hamilton (1982) は,AMMの理論から予測される通勤距離が,実際の通勤距離の1/8程度しかないことを日米のデータで指摘した.8倍は誤差というには大きいだろうということで,過剰通勤パズル (wasteful (excess) commuting) と呼ばれる.

  • 学生には理論と実証の緊張関係を意識してほしい.
  • 個人的にはHamiltonの計算はあやふやで解釈が難しい (結局どういう仮定に依拠した数字なのかぱっと見わからないのも気になる) ように感じる.それでも,エクイティ・プレミアム・パズルなどのように,モデルの限界がわかればこそその後の発展につながるものである.
  • もうひとつ個人的には,AMMは均衡外の調整過程が非現実的すぎると昔から感じている.このあたりを利用してうまいことパズルを作れないだろうか…

過剰通勤パズルを説明する要素はいくつも考えられるが,ひとつは,人々は通勤経路を最適化できない,というものである.最短経路問題はそう簡単に人力では解けないし,Googleマップは,そのルートを実際通るときの安全性までは教えてくれない.

Larcom et al. (2018) は,ストライキによる駅閉鎖を外生的な変動にして,通勤経路を見直さざるを得なかった人とそうでない人を比較した.結果,人々(の5%ぐらい)が通勤経路を最適化できていなかったことを示した.つまり,通勤経路をたまたま見直したら,もっといい経路を見つけ,ストライキが終わった後も新しく開拓したルートを選び続けた,というストーリーである.

  • こうした最適化のエラーは,路線図が歪んでいる場所ほど大きい,とのことである.たしかに,路線図はデザインの都合で実際の地図とは対応していないものである(山手線が真円でも等間隔でもないのに路線図は…,など).
  • Larcomらの論文は,事前のパラレルトレンドがかなり説得的に見えることが一つの強みである.


Reference

Fujita, Masahisa, and Hideaki Ogawa. "Multiple equilibria and structural transition of non-monocentric urban configurations." Regional science and urban economics 12.2 (1982): 161-196.
Hamilton, Bruce W., and Ailsa Röell. "Wasteful commuting." Journal of political economy 90.5 (1982): 1035-1053.
Larcom, Shaun, Ferdinand Rauch, and Tim Willems. "The benefits of forced experimentation: striking evidence from the London underground network." The Quarterly Journal of Economics 132.4 (2017): 2019-2055.

Saturday, April 2, 2022

移籍しました

2022年4月1日より県内で異動することになりました.

前職には思い出と愛着が多々あり,離れるのが惜しいところです.27歳で着任してから9年間という,私のキャリアの重要な期間を,充実したものとすることができました.

新しい環境で気持ちを新たにし,研究・教育に尽くして参ります.今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほどお願いいたします.


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前職は優秀な若手を積極的に採用しており,楽しい快適な職場です.研究に専念しやすい希有な環境だと思います.沖縄は花粉もありません.jrecinより経済学の公募が出ていますので,ふるってご応募いただければ幸いです.


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メールアドレスは,既存のものとユーザー名は変わらず,ドメインがgrs.u-ryukyu.ac.jpに変わります.

個人用メモ:
Gmailで大学のウェブメールを送受信できるようにするには,WebMailの国別認証制限でUSを許可する必要あり.

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長期金利の雲行きが…という状況でいろいろ思うところはありますが,家を買いました.向こう数十年は沖縄にロックインされると思います.

ただいま引っ越しの準備中です.あいむ・こんぽーじんぐ!

Saturday, January 29, 2022

ザル経済? パート1

最近報道で「ザル経済」が一つのキーワードになっているらしく,私も意見を聞かれることがある (あった).自分のためにも,いくつかぱっと思いついた論点を整理しておきたい.


1. 基本的な考え方

  • ミクロレベルの「ザル」 (特定の公共事業で県外企業が受注) と,マクロレベルでの「ザル」 (貿易収支バランス) は区別して議論する必要がある.
    • 後者の場合,貯蓄・投資のバランスから決まるもの,という動学的なフレームワークが不可欠だと思う.というか,地域間財政移転に伴う双子の赤字的な状況ではないかと疑っている.
    • 後者については,沖縄の場合県外からの純要素所得は労働所得も資本所得もプラス,金融収支もプラス,ということと整合的になるか考える必要がある.集計レベルでは,県外に資本所得が流出どころか,資本を県外に輸出して資本所得を稼いでいるポジションだろう.
  • 域内の「循環」や「漏れバケツ (leaky bucket)」 みたいな話はどちらかと言えばマクロの議論であり,個別の事業が適正・透明に遂行されたかというミクロな評価とは分けて議論すべきであろう.
    • 域内循環を高めるために県内企業の受注割合を高める…といったことを乱暴にやると,入札談合の温床になると懸念される.安直な排外主義は腐敗を招く.
    • 経済学者の多くは,「循環」そのものではなく経済厚生を重視していると思う.ので,どういった歪み・失敗があるかを特定する必要がある.
    • 循環を高めることが経済厚生の改善につながるとは言えない.地元でインプットを調達できることが望ましいとしても,それは輸送費用の節約や集積の経済や競争が理由であり,お金が回るからではない(なくてもよい).
    • 受注する県外資本にも競争がある.「中抜き」で楽してレントを得ているとは限らない.(マークアップがあったとしても,沖縄だけで問題になるという理屈は自明ではない.) 県民の所得と雇用を生み出すために県外企業の力が必要で,県外企業が正当な対価を受け取っているだけならば,それを叩くのは難しい.
    • 特定の産業で自給率を高めて輸入を減らしても,そのせいで他の産業の輸出が減って,マクロレベルでの「漏れ」を減らすことにつながらない可能性は十分考えられる.
  • 県民の生活水準の向上が目的だったとして,公共事業が合目的な政策手段かは問われてしかるべきである.現場では予算を消化することばかりが優先されているかもしれない.
    • 所得や雇用や生産性にどれだけ結びついたのか費用対効果を検証すべきである.しかしこうした政策評価は産業連関分析やロジックモデルでは (今どきの研究者を納得させることは) 難しいと思う.
      • 産連によるよくある「経済効果」はルーカス批判を回避できないどころか,価格も資源制約も反実仮想も民間投資のクラウディングアウトもへったくれもないような・・.
    • ワイズ・スペンディングが難しいのはわかるが,県内経済のボトルネックや歪みを緩和するためにお金を使ってほしい…
  • 県内の受注割合は,県内に落ちるお金の割合,を意味しない.
    • 県外企業が県内で労働者や資材を調達するかもしれない.大手ゼネコンは受注の多くを占めるが,外注も多いものである.
      • イオンにも県産食品は売っているし県民が多数働いている,サンエーにも移入財・サービス・県外資本のテナントはたくさんある.イオンは避けてサンエーやりうぼうに行こう,という類いの話は直感的におかしい (無論,地元ブランドを選好すること自体はよい).
    • 結局誰が便益を受けているのか,は自明じゃない.県外大手ゼネコンじゃなくて,建設場所周辺の県内在住地主が一番儲かっているかもしれない.
  • 産業構造の視点.
    • 県内調達を増やし県内建設業がより儲かるようになったとして,建設業に資源がシフトすると他の産業が縮小することになるのでは.Dutch diseaseみたいな話はやはり産連では出てこない(はず).
  • ひも付き援助.
    • 対外援助が,ドナー国から調達するようになっているなど「ひも付き」になっているせいで,思うような効果を挙げていない,という話は開発経済学で古くからあると思われる.公共事業が県外からの調達につながっているとして,それにまつわる論点はすでに軒並み出尽くしている気がする.援助全額がホスト国で使われるわけでなく,ドナー側でのアドミンのコストや調達コストが高くついてしまい現地には予算規模ほどには届かない,みたいな実情は現代でもある(と思うが専門外なので文献は知らない).
  • 分配の問題など,そもそもの目的が自明ではない.
    • 誰がレントを取るべきか,は分配の問題.パイを増やす問題と比べて,何が最適解なのかは自明ではない.語り得ぬ物には沈黙…と言うか,経済学だけではたいしたことは言えない(政治的信念が必要)ので個人的にはあまり触れたくないトピックである.
    • domesticとnationalのどちらを見るべきか,というのも特に答えのない問題.だが,県外に「漏れ」た所得をただの無駄,とみなすのはいささか視野が狭いのではないだろうか.
      • 県外に「漏れ」た所得は,県外の所得を増やし県の輸出需要を増やす,みたいな効果もあるはず.
    • 生産要素の所有権がどのように決まっているか,は大事な問題だと思うけど,どのように決まっているべきか,はちょっと話が大きくなりすぎる気がする.
      • 資本の所有権がないなら,貯蓄して投資して資本所得を稼げばよいという話になりそう.現時点でも県民は建設業ETFやREITに自由に投資できるのだから.


2. Brecher and Bhagwati 1981 JPE

域外からの所得移転が直感に反してネガティブになる,という議論はtransfer paradoxやcurse of foreign aidといった文脈と密接だと思う.専門外だが勉強も兼ねて,眺めた論文の簡単なメモを残しておく.この文脈は日本人経済学者 (八田先生や矢野先生など) も重要な貢献をしているので,そのうち気が向いたら引き続きメモをしたい.


BrecherとBhagwatiは,生産要素の所有権に注目してHOモデルを書いている.設定は単純で,国内にある$\bar{K}$のうち国民が持つ分が少ない(外資が国内で生産しているイメージ),といった状況を考えている.基本的にはただそれだけ.

この場合,「国内」でみれば援助で厚生改善したとしても「国民」でみれば援助が厚生悪化になる可能性が出てくる.TOTが変化したとき(Stolper-Samuelsonで)損する生産要素があるから (得する方の要素があってもその所有権がなければ…),というのがおおまかな直感.

  • 正確には論文9式.貿易の価格弾力性や変化前の貿易パターンに依存する.貿易パターンは要素賦存量で決まる.なお,「国民」の貿易パターンは,仮に「国民」の持つ要素だけで生産していれば,というものである.国内で見ればXを輸出してるかもしれないけど国民だけならXを輸入しYを輸出するはずだったということすらありえるよ,という感じ.


しかし現代の沖縄の文脈には直接援用できないモデルかもしれない.建設業は非貿易セクターなので.


Reference

  • Brecher, Richard A., and Jagdish N. Bhagwati. "Foreign ownership and the theory of trade and welfare." Journal of Political Economy 89.3 (1981): 497-511.


続く…かもしれない?