Sunday, June 28, 2020

戦前沖縄のGDPに関する富永推計について1

野暮用で調べ物をしている。
富永 (1995) で戦前の沖縄のGDPを推計していることに気づいた。しかしなにやらおかしな議論に感じたので、疑問点を備忘のため書き留めておきたい。
  • 富永斉 (1995) 『沖縄経済論』ひるぎ社
一部のチャプターは琉大の紀要に原典があるそうだが、電子で手に入らなかったこともあり未確認である。
あいにく細かく読んではおらず、以下はパラパラめくっての乱暴な感想。

1. 富永推計の概要

富永いわく、琉球処分後(1885年)の一人あたり県民所得は、全国の所得(データの都合で国民純生産を使っている)の75--80%程度だったとする。宮城 (2018a, b) などはこの推計に依拠して議論をしているし、高良 (2017) など歴史プロパーの文章でも引用されてる。

なぜ75--80%なのか。
  • 1930年代は全国比で35%程度である (と琉球政府が言っている)。
  • 実質成長率が年率1.3%程度である。
    • マルサスの罠で、人口成長率と実質成長率がほぼ同じ、実質一人あたりはゼロ成長、と考える。
  • 30年代から過去を外挿すると、1885年時点で75--80%程度の格差となる。 
    •  1885年時点で50%ぐらいの格差だと、産業革命期のイギリスを超える成長率になりおかしい。
といったところである。

2. 違和感

しっくりこない理由を挙げておく。
  • 実質成長率1.3%は、1920--40年の5年おきのデータ (n=5)を時間トレンドのみのOLSから求めている。うーん。
    • 1920--30年代はソテツ地獄や昭和恐慌の時期である。この時期に沖縄が長期トレンド上にあると想定し、直線でエイヤっと外挿するのは厳しいのではないか。
      • n=5だと、一つ観測が増えるだけで大きく結果が変わるだろう。75--80%という予測の幅は、予測直線をどこから伸ばすのかという恣意性から出てきている。統計的な予測誤差ではない。75--80%±50%ぐらいのざっくりした見込みにすぎないのでは。
    • 30年代が潜在水準を下回る状態だとすると、1885年時点の格差はもっと縮まる、場合によっては沖縄のほうが豊か、というおかしな結論になってしまうのでは。
  • 産業革命期イギリスの成長率を2%と言っているが、その根拠と思われるDeane-Cole推計は、Crafts (1985) and Crafts and Harley (1992)でかなり下方修正された。これは西洋経済史で広く知られていることのような。
    • 「イギリスより低いはず」という理屈に乗っ取ると、やはり1885年時点で沖縄のほうが全国より豊か、という変な結論になり得るのでは。
  • 全国より成長率が低いはずだ、という仮定が結論にほぼ直結してる。そしてこの仮定に十分な正当化がされていない。
    • 全国は産業革命で伸びた、沖縄は産業革命がなく伸びない、ではちょっと雑すぎる気が。イギリスでさえたいして伸びていないのに。
  • GDPデフレーターを全国と同じものを用いている。沖縄と全国で財のバスケットが似通っていればそれでいいのかもしれないが、たぶんそうではないだろう。
    • 当時は非貿易財がめちゃくちゃ多いはずなので、Balassa-Samuelsonみたいな議論は不可避だと思われる。
    • そもそもデフレーターはインプリシットに決まるものということをあまり理解されていない気が。
  • マルサスの罠がバインドしている根拠ってどこにあるのだろう。
    • subsistence levelの生活になることを回避すべく、昔の人々は出産抑制策を講じて生活水準を高めていた、というのが速見融ら歴史人口学の知見ではなかろうか。江戸~明治頃の沖縄に似たような人口成長抑制デバイスがあったのかはわからないが。重たい人頭税で堕胎や嬰児埋殺などはあったようだが(大浜 1971)。
  • 廃藩置県直前の様子 (松田道之の記録など) からすると、75--80%というのはやはり過大評価な印象があるがどうなんでしょ。
  • 歴史的データがはらむ測定誤差の問題にあまり詳細な批判的検討がなされていないように見える。

Reference
  • Crafts, N.F.R., 1985. British Economic Growth During the Industrial Revolution. Oxford University Press, Oxford.
  • Crafts, N.F.R., Harley, C.K., 1992. Output growth and the British Industrial Revolution: a restatement of the Crafts–Harley view. The Economic History Review 45, 703–770.
  • 大浜信賢 (1971) 『八重山の人頭税』 三一書房
  • 宮城和宏 (2018a) 「沖縄経済の成長と生産性に関する実証分析」 in 宮城和宏・安藤由美 編『沖縄経済の構造: 現状・課題・挑戦』編集工房 東洋企画
  • 宮城和宏 (2018b) "沖縄経済の成長, 生産性と 「制度」 に関する一考察." 地域産業論叢 14: 1-31.
  • 高良倉吉 (編) (2017) 『沖縄問題: リアリズムの視点から』中央公論新社

Wednesday, June 10, 2020

遠隔講義支援について新聞に載りました

新聞に紹介していただきました (有料記事です).
琉球新報 オンライン授業、どうやった? 授業配信にマニュアル、機器は無償貸与・・・ 早期対応の大学に聞いた 2020年6月5日朝刊

  • 3月にはFDでLMSをみんなで学び,遠隔講義に備えていた.
  • 3月末には配信マニュアルがシェアされた.
  • MS Teamsや特設ウェブサイトでの,教員同士の情報共有・助言が機能した.
  • 学生のネット環境を4月上旬にアンケート調査し実態把握した.
  • PCやWi-Fiルーターの無償貸与をし,5月の連休前には発送した.
などが紹介されています.これ,全部私が関与してます(自慢).なんなら記事には「大城が」マニュアルを作成…とありますが「大城が」の間違いです.

機器貸出のような学生への支援策は,台数の都合で応募者全員には行き渡らなかったとはいえ,全国的にも早く実施できました.
「早期対応の大学」は誇張抜きにそうで,リモートワーク需要が高まり,必要な機器がなかなか手に入らなかった時期によくやったのではと思います(これについては私の貢献ではありません).

記事には,「知識のある教員」(私) がマニュアル作成…とありますけど,実際は知識も経験もありませんでした.ワースト・ケースに備えて他の教員より1ヶ月ぐらい早く情報収集し始め,新しい取り組みにほんの少し前向きなマインドセットを持っていただけですね.

Saturday, March 7, 2020

新型コロナをめぐる雑感

いろいろ雑感.

連日ニュースを見て鬱々とするのは震災以来である.ストレス解消も兼ねてブログ更新.



新型コロナウィルスの影響で,MITでは海外出張が禁止されたらしい.沖縄のMITこと弊学でも海外渡航が当面禁止になり,私も海外出張がキャンセルになった.各方面にはご迷惑をおかけしました.(しかし代理店が問い合わせパンク中でまだ旅券がキャンセルできていない…)



先日プレジデントオンラインでどこかのコンサルが沖縄は観光収入が増えても観光関連産業の付加価値が増えないザル経済だ…という趣旨のザルな議論をしていたが,中国台湾韓国からの旅客が激減しても県経済への影響は軽微ということにならないかな.

しかし実際県経済への影響は軽微,というように見える試算はある.南西地域産業活性化センター (link: PDF) は詳細不明の構造モデル(NIAC計量経済モデル)を用いて,観光消費額-0.1兆円,名目県内総生産が-0.08兆円,と試算しており,県内総生産4兆円の2%程度しか打撃がない,という結論を導いている.
しかしこれは直近の日韓の入国制限うんぬんが入っていなさそうという以上に,学校の休校に伴う労働供給減少や,もろもろのイベント中止,県からの輸出への需要の落ち込み (たとえば電照菊みたいなところは今季は絶望的と思われる),雇用調整助成金など膨大な補償金をまかなう将来の税負担増,などもろもろの要因を加味していなさそうで,新型コロナのインパクトを過小評価しすぎている気はする.(実際「2~5月の入域観光客数、観光消費額の減少分のみが波及効果を含めて年間のGDPなどに及ぼす影響であること」と断り書きはある.)

一方沖縄県が公表している観光の波及効果では,観光消費額(0.8兆円)の約1.5倍の「経済波及効果」(1.2兆円)が生み出されているらしい.ざっくり言って沖縄経済の1/4は観光でできている.
仮に県外・国外の観光客が半減し観光消費額もほぼ半減すれば,0.6兆円が吹き飛ぶ計算になる.県内総生産4兆円の15%に相当する損失が観光だけで生じることになる.リーマンショックの比ではない.

個人的にはどちらも極端で現実は間ぐらいではないかと思っているが,しばらくは影響見極めモードである.



マスクやトイレット・ペーパーの買い占め・転売が「反社」と言われる風潮を見ると,少しもやもやするものがある.入門的な完備・完全競争のモデルだと裁定取引業者は需給のミスマッチを解消し,むしろいたほうがよい(が均衡では裁定取引する余地がなく業者は超過利潤を得ることができない)存在だと思われるからだ.

厚生上問題になりそうな点は,転売そのものというより買い占めのほうだろう.買い占めで供給量を絞るからこそ,独占的な高価格をつけられるようになる.独占価格はもちろん非効率なものだろう(そして妬みも買う).

では次の問題は,なぜ需要が高まったときに,本来の供給主体 (薬局など) でなく(往々にして匿名の)裁定取引業者がこうした行為を取るのか,であろう.
その答えは,薬局などは「評判」を気にしており機会主義的な行動ができない,というものになるだろう.一過性の需要ショックに便乗して「評判」を失うと,騒ぎが収まった後に損をする.匿名の裁定取引業者は個人で数十万円もうけたらラッキーで終わるが,薬局は数十万ぽっちのはした金のために消費者の信頼を失うことはできない.
薬局などは,評判を気にするからこそ,裁定取引業者が転売しているにも関わらず価格を据え置きにすることでかえって信頼を得ることができるので,それがまた裁定取引の余地を生み出してしまう.完全競争だと裁定取引は均衡から一時的に外れた状態だろうが,評判形成のメカニズムを考えると裁定取引が起こる均衡も出てくるかもしれない.

裁定取引業者は,情報の非対称性や不完備契約といった摩擦があるもとでも健全な市場取引を確保しようとする業界の努力を踏みにじっている,と考えられているのかもしれない.

Monday, January 27, 2020

資本減耗率の地域間格差と沖縄の経済成長


沖縄の成長がなぜいまいちか,は従来から様々な議論がある.本エントリは,資本減耗率がその一因ではないか,という話.(というかざっくばらんなアイディアメモ.)

私は以前から,沖縄は資本減耗率が他地域よりも高いのでは,という漠然とした予感を持っていた.台風は多く,湿気もひどい.町中の建物は那覇の都市部を除きボロボロだし,車は定期的に洗車しないと塩害でやられてしまう.沖縄は持ち家比率が低いが,所得・資産が少なく借入制約がキツいという理由もあろうが,メンテナンスのコストが高く耐用年数が短い,という事情もあるかもしれない.


Hsiang and Jina (2015 AER p&p)では,熱帯のサイクロン(台風含む)が資本減耗率に影響し,それが経済成長率に影響することを指摘している.

Hsiang & Jina 2015, Figure 1.
上図は論文の図1である.赤い部分ほどサイクロンの平均風速が高い地域になり,沖縄は赤い部分に含まれる.この図を見るとと,サイクロン・ドリブンで減耗率が高くなり,資本蓄積のスピードを遅らせそうな予感がしてくる.
雪国は雪国で資本減耗率が上がるというより資本稼働率が低くなりそうな気もするが,地理的条件が低成長に寄与する一つのチャンネルが何やら見えてくる.

地域レベルの資本ストックのデータを作るときには,減耗率の地域間格差は考慮されていない.たとえばRIETIのR-JIPデータベースだと,全国版と同じ(産業別)減耗率を仮定している模様(詳細未確認).
R-JIP 2017で,実質資本ストック/マンアワーをプロットすると,下図の通り.
都道府県別のK/L. 2012年,産業計.
全国が真ん中あたりにある黒棒で,沖縄は上から3番目のオレンジ色だ.
沖縄が全国3位の資本豊富地域とは考えにくいよね…

R-JIPを使って都道府県別に成長会計をやると,沖縄はTFP成長の寄与度が際だって低くなるらしい
あまりに極端なので計測エラーではないかと受け止めていたが,エラーの源泉は資本減耗を過小評価し資本ストック成長を過大評価しているため,と考えるとある程度しっくりくるかもしれない.

Reference
  • Hsiang, Solomon M., and Amir S. Jina. 2015. "Geography, Depreciation, and Growth." American Economic Review, 105 (5): 252-56.
  • 徳井丞次他 (2013) 「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースの構築と地域間生産性格差の分析」RIETI Discussion Paper Series 13-J-037.

Monday, August 5, 2019

経済学入門II・経済学I, 2019

諸事情で今年新しく持つことになったミクロの入門講義の雑多な振り返り.
  • 2つのクラスでAcemoglu-Laibson-Listのミクロ編を元ネタに使った.半年でカバーできたのは以下の部分.
    • Cahpter 1: 経済学の原則と実践
    • Chapter 3: 最適化
    • Chapter 4: 需要,供給,均衡
    • Chapter 7: 完全競争と見えざる手
    • Chapter 8: 貿易 [福祉のみ]
    • Chapter 9: 外部性と公共財 [法経のみ]
    • Chapter 13: ゲーム理論と戦略的振る舞い [福祉のみ]
  • 入門講義をスライドだけでやったのは個人的に初めての試みだった.レジュメ+板書よりカバーできる範囲が広まるものの,不正確な記述が増えるので教科書も合わせて読んでほしいという思いを強くした.ALLミクロは現時点では翻訳されていないので,学生が買って読める教科書ではないという点ではいまいちだったかも(訳されていても学生は買って読みそうにないが…).
  • ALLミクロはその他いくつかの理由で使いにくかった.まず,ネタがちょっと古い.たとえば「Facebookはタダか?」では今どきの学生はFacebookやってないので代わりにInstagramのデータを探してくる手間がかかるとか,「ベネズエラのガソリンは激安」ってハイパーインフレの真っ最中やんけとか.
  • 経験主義が大事,というわりに,エビデンスの例はわざわざ講義で時間使って紹介するほどじゃねーなというものが多かった気がする.ただ,結論めいたことを示す,というよりオープン・クエスチョンを挙げたり,自分でやったフィールド実験を紹介したりしており,学生が自分でコラムを読めば知的に刺激がありそうではあった.
  • 微妙に回りくどく,見通しが悪い.たとえば無差別曲線をスルーして予算制約だけで効用最大化問題を説明する,数学をすっ飛ばしてFOCを説明する,など,意図はわからないでもないがなんだか中途半端な印象がある.教える側がいろいろ補足する必要が,他の定番テキストに比べて大きい気がした.
  • とはいえ,Hotellingモデルでいう線分の真ん中あたりにある入門テキストの中では,行動経済学・実験経済学もよく組み入れられている点では随一であると思う(そりゃそうだ).今後改訂を重ねてもう少し使いやすくなることを期待.
  • コメントの中で,先生はAdam Smithが好きそう,みたいなのがあった.ALLミクロにはほとんどSmithは出てこない.私が勝手に何度もSmithを引き合いに出しただけなのだが,入門の題材にSmithはわりとハマりやすいと思った.とはいえ私はSmithの著作なんてまるで読んだこともなくたいして思い入れはないのだが….
  • 期末試験がひどいできだった…たくさんの恨みを買うことになりそう.
    • 教育の質を一定以上保証するためにも,ある程度譲れないラインがある(たとえば需要曲線を読解できる,など).そこに多くの人が到達できるようもう少しエクササイズをみっちりやってもよかった気はする.
  • 入門ミクロなんて誰がやっても同じでしょ,と思っていたけど,実際は教える側の力量がシビアに試される気がした.
  • 教職向けの科目を担当した都合で,教員採用試験の問題を初めて目にした.経済学に関しては悪問ばかりで眉をしかめた.素人が片手間に作っているのではないかと思われた.教採対策を意図した講義をするのはかえって不誠実な気がしたので,8割ぐらいは普通のミクロ入門を叩き込むことにした.

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年度末にメインで使っているパソコンが壊れ,予算の都合で買い換えられない状態が半年も続いてしまった.教育も研究も,特定のマシンと特定の予算に依存しすぎないように環境を考えねばならないと痛感.



Saturday, April 13, 2019

富川『アジアのダイナミズムと沖縄の発展: 新次元のビジネス展開』

読んでいてイライラした,という読書メモ.
  • 富川盛武  (2018) 『アジアのダイナミズムと沖縄の発展―新次元のビジネス展開』琉球新報社. [ Amazon ]
現役副知事が,県の立場から離れて研究者の視点から書いた,という沖縄経済本.研究者を名乗るなら相応の勉強をしてくれ,いっそのこと県政のプロパガンダだと開き直ってくれ・・と思った.

3D棒グラフにイライラしながらページをめくっていたが,次の記述でストレスがピークに達し,このブログを更新せざるを得なかった.
しかし,経済学は合理性のみによって行動する「ホモエコノミスト」を前提しており,文化の異質性の概念が欠落し,同質性(ホモ)を前提に組み立てられている.唯一の物差しは貨幣タームである.人間の行動は,単に経済的要素のみによるのではなく,伝統,文化,宗教,風土という「エトス」によって決定される.それにもかかわらず,経済的合理性のみによって行動する「ホモエコノミスト」を前提に展開したところに,これまでの経済分析の問題があった.人間,文化,風土の視点から見ると,沖縄が発展する可能性は大なるものがあると思われる. (p.37)
学部生でもわかる初歩的な誤解をばらまくのは勘弁していただきたい.
  • homo economicusのhomoは,「同質性」(ギリシャ語のhomos) でなく,「人間 」(ラテン語のhomō) の意ではなかったか(?).現代経済学は同質性を前提にして組み立てられてはいない.同質性を仮定するどころか,観察できない異質性があることを前提に分析するのは珍しくない時代である.
  • 「合理性」にはいくつかの解釈があるが,「経済人は合理性のみによって行動する」ものではないし,「エトス」は合理性と矛盾するものではなくそれを加味した分析は少なくない.
  • 「唯一の物差しは貨幣ターム」ではない.貨幣や余剰で考えてよい状況を支える仮定と,合理性や文化の異質性を捨象することは関係ない.オーソドックスなモデルは任意の財を価値基準財に設定することができるどころか貨幣が存在しない.

ここだけではなく本書全体に渡って,専門用語を適当に散りばめ(その用法は間違っているか不明瞭である),論理の飛躍だらけでほとんど何も言っていない文章で,素人をなんとなくわかった気にさせている.詐欺師の手口と大差ないと思う.

おかしなところはたくさんあるが,もうひとつ異常すぎて笑った箇所を指摘しておきたい.
・・・マクロ的な技術進歩を示す生産変動要因分析(産業連関分析)を用いて分析したい.・・・1975--2000年の比較をしてみよう.・・・技術進歩による生産増加は,全体でマイナス1兆8791億7700万円(1975年価格)となっており,技術進歩が見られない. (p.238)

根本的に分析が間違っているような..R-JIPではたしかに沖縄のTFP成長の寄与は他地域より極端に少ないようだが少なくともマイナスではない.現在NGDPは4兆円程度であるのにそのマグニチュードは...2005--2011年で見ても「技術進歩」による効果はマイナス521億円らしい(p.16).

「若いときから沖縄の振興に関する国,県等の委員会等に参加してきた」筆者には,次の振興計画を考える前に,破滅的な「技術進歩」を食い止められなかった責任を取られてはと思うのだがどうだろう.


Tuesday, April 2, 2019

伊神『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』ほか

もう少し読書メモ.
  • 伊神満 (2018) 『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』日経BP社. [ Amazon ]
2018年のベスト経済書らしく,とてもおもしろい.ジャーゴンを徹底的に噛みくだいて説明,ユーモアにあふれて例も豊富,入門書としてこれ以上の本はなかなかないと思う.

さすがは五大誌で,問いの設定が単に面白いだけでなく,分析の細部まで丹念に検討されている.原論文読んでない(弊学ではJPEの最新分は購読していない…)のでディテールはわからないが,Cournotを仮定(仮定を正当化しやすいカテゴリに注目)し,需要関数を推定できるIVを持ってきて(exclusion restrictionってそういう解釈でいいの?),FOCから限界費用を楽々バックアウトし(新製品の限界費用かなり低いけど現実的?),扱いやすくフィットもよいモデルができた,計算コストが大きい推定も突破できた,そして経営学的なストーリーを経済学的な方法論で批判的に検証できた,あたりが売りなのだと思う.

 クリステンセン(私は未読)のもやもやとしたストーリーのもやもやとした部分をたびたび批判しているが,時間不整合性を許容した(双極割引など)動学モデルを推定して,その効果よりカニバリゼーションがでかいことを示したようには見えなかったが….それほど差別化されておらずカニバリゼーションを内部化する効果が大きい新製品をリリースしているからには,状態を遷移するコストkappa (定数?) が低いはず,という話だが,kappaは時間不整合性のコストを測っているのだろうか? (時間不整合性を許容したモデルの挙動をそうでないモデルのkappaで表すことができるのだろうか?) (あとkappaは流動性制約と不確実性・不可逆性からくる,既存企業ほど様子見をする便益が高いというオプション価格分や,イノベーションのエフォートコストもひっくるめて捉えているように読める.)
kappaは市場構造にも大きく依存していると思われるので,定性的な議論を定量的に論駁したといってもHDD以外の世界については未解決(だしそれは論文の射程外)にとどまっているかなと.たとえば,昔の研究手法でがんばり続ける老教授(偉いと思う)は,自分の過去の論文を否定することになるから,というより新しい分析技術に能力的にキャッチアップできない(kappaが加齢とともに上昇)から,だと思われる.

  • 根井雅弘 (2009) 『経済学はこう考える』筑摩書房.  [ Amazon ]
  • 根井雅弘 (2011) 『20世紀をつくった経済学―シュンペーター、ハイエク、ケインズ』筑摩書房. [ Amazon ]
ALLミクロことAcemoglu-Laibson-Listを読みながら講義資料を作っていて,経済思想史の話がほとんどない(スミスとハイエクがちょっと出てくるぐらい.もちろんパレートやピグーの名前はあるけど)ことが気になっている.
ALLミクロでは経済学的な問いとして「大学を出るのはペイするのか?」と大卒プレミアムの推定を挙げており,たしかにそれも大事な話で私も別の授業で毎年話をするのだが,経済学ってお金儲けの世知辛い話ばかりしている…と早合点されてしまいそうでなんだかなぁという感じである.

そんなわけで,入門講義ではスミスやマルクスやケインズやハイエクみたいなところも紹介するだけしようと思っている.そこで,変なことを教えないように,経済思想史のハンディな新書2冊をぱらぱら見た.2冊は連作で,『経済学はこう考える』はケインズとそれにつらなる人々を中心にし,『20世紀をつくった経済学』はシュムペーター・ハイエク・ケインズの3人に絞ったものである.いずれも,いかに自分がケインズなどの偉人を単純化し定形化し誤解していたかがわかって恥ずかしい限りである.

この2冊はジュニア向けということで,本当にハンディで,短時間でさらっと読めるところがよい.これが猪木『経済思想』や間宮『市場社会の思想史』だととてもいい本ではあるがうちの学生にはお勧めしにくい.

『20世紀をつくった経済学』のほうでは,シュムペーターが哲学者アンリ・ベルクソンからイノベーションの着想を得ていることが指摘されている.『経済学はこう考える』のほうでは,ケインズやマーシャルが狭い意味での経済理論ばかりでなく,歴史学や社会学などに深い教養を持ち,スケールの大きい思索をしていたことが指摘されている.精緻な数理モデリングや丹念なデータ分析はもちろん大事なのだが,それだけではいかんのだ.ALLやその他最近の入門書(神取除く)みたいに,経済学の歴史的な背景や哲学や問いをすっ飛ばしてしまうのもどうなのかなと思う.



以下は単なる思い出話.ちなみに,私自身が経済学に入門した頃に読んだ初めの一冊は(単なる歴史オタクだった高校生の頃眺めたワルラスや野呂栄太郎を除くと),
  • 酒井泰弘 (1995) 『はじめての経済学』有斐閣. [ Amazon ]
である.親父ギャグ満載でそれこそ親父世代の本で,読んだ当初はお子様扱いするんじゃねーという気持ちもあったが,ここで学んだものがミクロを理解する基盤になっているのは今でも感じるし,教える立場になって再読するととてもよい「入門の入門書」だと思った.経済学史上の偉人もたびたび紹介されている.「マルクスが死んだ年に,ケインズとシュンペーターと高田保馬が生まれた」みたいなコラムがあるぐらいだ.

あと大学に入った当初は,あまり知られていないタイトルだが
  • Susan J. Grant (2000) Stanlake's Introductory Economics. Longman. [ Amazon ]
を読んだ.こちらは無駄に分厚く読むのはしんどかったが,経済学者の偉人がたびたび紹介されている他,簡潔でいて悪くない練習問題が豊富だったりする.

 大学1年生の頃は講義の教科書以外に,学部向けVarianを読んでいた(マクロだとSamuelson-NordhausBaumol-Blinder (最近の版はSolowも加わっているらしい)).
Varianは,和訳でちゃんと伝わるかわからないが,文章の切れ味がすさまじい.ALLミクロは,対象読者が違うので比較するのはフェアでないが,Varianに比べるとかなり「だらしない」印象を受ける.
Varianには思想や哲学の話はまったく出てこないし,「エビデンス」もあまり出てこない(顕示選好はしっかりあるけど).18歳の頃はVarianが何を言っているのかよくわからないままページをめくっていたものの,中途半端なやさしい入門書ばかり読んでいたら博士課程まで行ってなかったと思う.
若いうちに,Varianぐらいガチなものと,酒井のような柔らかいものと,両方通っておいてよかったなと.