Tuesday, April 2, 2019

伊神『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』ほか

もう少し読書メモ.
  • 伊神満 (2018) 『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』日経BP社. [ Amazon ]
2018年のベスト経済書らしく,とてもおもしろい.ジャーゴンを徹底的に噛みくだいて説明,ユーモアにあふれて例も豊富,入門書としてこれ以上の本はなかなかないと思う.

さすがは五大誌で,問いの設定が単に面白いだけでなく,分析の細部まで丹念に検討されている.原論文読んでない(弊学ではJPEの最新分は購読していない…)のでディテールはわからないが,Cournotを仮定(仮定を正当化しやすいカテゴリに注目)し,需要関数を推定できるIVを持ってきて(exclusion restrictionってそういう解釈でいいの?),FOCから限界費用を楽々バックアウトし(新製品の限界費用かなり低いけど現実的?),扱いやすくフィットもよいモデルができた,計算コストが大きい推定も突破できた,そして経営学的なストーリーを経済学的な方法論で批判的に検証できた,あたりが売りなのだと思う.

 クリステンセン(私は未読)のもやもやとしたストーリーのもやもやとした部分をたびたび批判しているが,時間不整合性を許容した(双極割引など)動学モデルを推定して,その効果よりカニバリゼーションがでかいことを示したようには見えなかったが….それほど差別化されておらずカニバリゼーションを内部化する効果が大きい新製品をリリースしているからには,状態を遷移するコストkappa (定数?) が低いはず,という話だが,kappaは時間不整合性のコストを測っているのだろうか? (時間不整合性を許容したモデルの挙動をそうでないモデルのkappaで表すことができるのだろうか?) (あとkappaは流動性制約と不確実性・不可逆性からくる,既存企業ほど様子見をする便益が高いというオプション価格分や,イノベーションのエフォートコストもひっくるめて捉えているように読める.)
kappaは市場構造にも大きく依存していると思われるので,定性的な議論を定量的に論駁したといってもHDD以外の世界については未解決(だしそれは論文の射程外)にとどまっているかなと.たとえば,昔の研究手法でがんばり続ける老教授(偉いと思う)は,自分の過去の論文を否定することになるから,というより新しい分析技術に能力的にキャッチアップできない(kappaが加齢とともに上昇)から,だと思われる.

  • 根井雅弘 (2009) 『経済学はこう考える』筑摩書房.  [ Amazon ]
  • 根井雅弘 (2011) 『20世紀をつくった経済学―シュンペーター、ハイエク、ケインズ』筑摩書房. [ Amazon ]
ALLミクロことAcemoglu-Laibson-Listを読みながら講義資料を作っていて,経済思想史の話がほとんどない(スミスとハイエクがちょっと出てくるぐらい.もちろんパレートやピグーの名前はあるけど)ことが気になっている.
ALLミクロでは経済学的な問いとして「大学を出るのはペイするのか?」と大卒プレミアムの推定を挙げており,たしかにそれも大事な話で私も別の授業で毎年話をするのだが,経済学ってお金儲けの世知辛い話ばかりしている…と早合点されてしまいそうでなんだかなぁという感じである.

そんなわけで,入門講義ではスミスやマルクスやケインズやハイエクみたいなところも紹介するだけしようと思っている.そこで,変なことを教えないように,経済思想史のハンディな新書2冊をぱらぱら見た.2冊は連作で,『経済学はこう考える』はケインズとそれにつらなる人々を中心にし,『20世紀をつくった経済学』はシュムペーター・ハイエク・ケインズの3人に絞ったものである.いずれも,いかに自分がケインズなどの偉人を単純化し定形化し誤解していたかがわかって恥ずかしい限りである.

この2冊はジュニア向けということで,本当にハンディで,短時間でさらっと読めるところがよい.これが猪木『経済思想』や間宮『市場社会の思想史』だととてもいい本ではあるがうちの学生にはお勧めしにくい.

『20世紀をつくった経済学』のほうでは,シュムペーターが哲学者アンリ・ベルクソンからイノベーションの着想を得ていることが指摘されている.『経済学はこう考える』のほうでは,ケインズやマーシャルが狭い意味での経済理論ばかりでなく,歴史学や社会学などに深い教養を持ち,スケールの大きい思索をしていたことが指摘されている.精緻な数理モデリングや丹念なデータ分析はもちろん大事なのだが,それだけではいかんのだ.ALLやその他最近の入門書(神取除く)みたいに,経済学の歴史的な背景や哲学や問いをすっ飛ばしてしまうのもどうなのかなと思う.



以下は単なる思い出話.ちなみに,私自身が経済学に入門した頃に読んだ初めの一冊は(単なる歴史オタクだった高校生の頃眺めたワルラスや野呂栄太郎を除くと),
  • 酒井泰弘 (1995) 『はじめての経済学』有斐閣. [ Amazon ]
である.親父ギャグ満載でそれこそ親父世代の本で,読んだ当初はお子様扱いするんじゃねーという気持ちもあったが,ここで学んだものがミクロを理解する基盤になっているのは今でも感じるし,教える立場になって再読するととてもよい「入門の入門書」だと思った.経済学史上の偉人もたびたび紹介されている.「マルクスが死んだ年に,ケインズとシュンペーターと高田保馬が生まれた」みたいなコラムがあるぐらいだ.

あと大学に入った当初は,あまり知られていないタイトルだが
  • Susan J. Grant (2000) Stanlake's Introductory Economics. Longman. [ Amazon ]
を読んだ.こちらは無駄に分厚く読むのはしんどかったが,経済学者の偉人がたびたび紹介されている他,簡潔でいて悪くない練習問題が豊富だったりする.

 大学1年生の頃は講義の教科書以外に,学部向けVarianを読んでいた(マクロだとSamuelson-NordhausBaumol-Blinder (最近の版はSolowも加わっているらしい)).
Varianは,和訳でちゃんと伝わるかわからないが,文章の切れ味がすさまじい.ALLミクロは,対象読者が違うので比較するのはフェアでないが,Varianに比べるとかなり「だらしない」印象を受ける.
Varianには思想や哲学の話はまったく出てこないし,「エビデンス」もあまり出てこない(顕示選好はしっかりあるけど).18歳の頃はVarianが何を言っているのかよくわからないままページをめくっていたものの,中途半端なやさしい入門書ばかり読んでいたら博士課程まで行ってなかったと思う.
若いうちに,Varianぐらいガチなものと,酒井のような柔らかいものと,両方通っておいてよかったなと.

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