今年度後期から新しく「沖縄経済論」という講義を担当する予定である.あいにく私は沖縄経済の専門家ではないので,適任ではない.それでも,私より不適切な人が自分勝手な沖縄経済論をまき散らすよりはマシだろうと思い引き受けた.
大学で教えて恥ずかしくないような授業はせねばならない.かといって沖縄経済について学術論文を書く気はない(業界地図は研究論文ではない).そこで,授業の準備がてら,沖縄の経済についていろいろ調べ考えていることをこのブログにアウトプットすることにした.
以下何かとデータが出てくるが,所詮は講義用なので,すべて"eye-ball econometrics"である.きっちりした分析をする予定はないのであしからず.
少し前にとあるインタビューを受けて,沖縄経済についてざっくばらんに話をする機会があった.このとき,沖縄が貧しい理由を聞かれ,「戦争と占領だろう.人的・物的資本が破壊された.」という趣旨の回答をした.基地の存在そのものとは言えない,という文脈で,である.
今回のエントリはこの回答がどれほどもっともらしいかについてである.
沖縄の一人当たり実質県民所得をプロットすると次の通りである.
なお,沖縄のデータについては異なる基準の系列は接続せず別個にプロットしてある(講義の都合上).村上・藤澤と書かれた系列は,同僚の紀要論文から取ってきたデータである.詳しいデータ処理は後述の補論にて説明する.
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一人当たり所得,沖縄 vs. 全国. |
全国平均との格差が年々開いていることが見て取れる.沖縄はバブル崩壊以後ゼロ成長で停滞している.
同じデータを常用対数表示したものが次のグラフである.対数目盛なので,傾きが成長率に対応している.
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一人当たり所得(対数),沖縄 vs. 全国. |
全国と沖縄の成長率はおおむねシンクロしている(傾きが等しい)ことが目視で確認できる.石油危機・バブル崩壊という2つの転換点を境に,成長率が落ちている.
戦後沖縄が全国と同じ経済成長率で成長してきたのは興味深い.沖縄は全国と比べて特別有利でも不利でもないのである.
成長率が等しいので,(絶対水準で見た)
格差は初期値の違いに帰せられる.冒頭で沖縄が貧しい理由が「戦争と占領」と述べたのはまさにこれである.沖縄は全国よりも低い位置から遅れてスタートしただけで,成長する環境自体は全国と変わらない,というわけだ.
既存の沖縄経済研究では,基地や産業構造や島嶼の特性などにフォーカスが当たることが多かったが,そうした要因をまったく無視しても沖縄の貧しさは簡単に説明できてしまうのである.
沖縄だけが特別な艱難辛苦にあえぎ続けている,という類いの理屈では観察される成長経路を説明しづらいのではないだろうか.
かたや地上戦によるおびただしい損害,および米軍統治で高度成長期がすっぽり抜け落ちた(しかも本土は1ドル360円だったけど沖縄はドルだった)ことが今も尾を引いている,という説明はまんざら私の勝手な妄想ではないと思うのだが.
- ここでの「格差」は所得の差(=y_{全国} - y_{沖縄})についての議論である.
- 格差を所得の比(=y_{沖縄}/y_{全国})で見た場合,当然格差は縮まりも広がりもしない.復帰後も現在もおよそ全国の7割程度である.
ただし,初期値が違うだけ,という説明で十分とは私も思っていない.共通因子の影響力が強く(unconditional beta) convergenceが沖縄で起こっているように見えない理由を特定する必要があるからだ.
要するにこういうことだ: 後発の地域がフロンティアに追いつくのは簡単だ.技術や知識は模倣できるし,資本の限界生産性は逓減するからである.それにもかかわらず沖縄は後発のアドバンテージを活かせていないのである.
そこで,本来問うべきは,なぜ沖縄は全国にキャッチアップできていないのか,なぜ沖縄は先端的な技術や知識を学習し身につけることに苦慮しているのか,なぜ沖縄は貯蓄して資本蓄積につなげられないのか,であろうと思う.
- これに対する答えとして私が今漠然と持っている仮説は,イノベーションを担うべき高技能人材が内地に流出してしまうから,また,貧しい初期状態のせいで貯蓄・資本蓄積が進まないトラップに陥っているから,というものだ.
- 後者の場合big pushが有効だが,前者の場合必ずしもそうではない.
- 後者については,金融仲介機能の弱さが悪さをしている予感がしている.
- 前者は,低技能労働集約的な産業(観光や建設)が発展しそこに偏向した技術進歩が進んでいるせいで高技能労働者が活躍する場が乏しいから,と考えている.
- 初期条件はそれでも大事である.Mark Ravallionのpoverty convergence論文のように,初期に貧困が深刻だと成長が遅れるし成長してもなかなか貧困を減らせない,という可能性がある.
全国と呼応した成長経路になっていることは,取りも直さず沖縄は孤立した存在ではなく,日本経済とすっかり経済統合されていることを示唆しているようにも思う.閉鎖経済思考には限界があるだろう.共通因子の役割が大きくなる理論的根拠を考えるのは,一筋縄ではいかない.
既存の沖縄研究では,米軍基地の存在が何かと大きい.ところが,基地が存在するせいで経済成長率が潜在的な水準より低くなっている,という論証はまともになされていないようである.産業連関分析を用いて,基地の経済効果が何億円,という具合のoutdatedな話に始終している.
しかしながら「経済効果」はあくまでstaticな効果であり,そもそも経済成長率に与える影響を分析する枠組みではない.私がざっと見た限り,米軍基地が沖縄の発展を阻害しているかどうか,を説得的に示した先行研究はなかった.(基地問題に関心がないし巻き込まれたくないので自分ではやりたくない.基地の有無自体は外生的変動がなさすぎて,分析困難に思われる.)
なお,戦前の時点でも沖縄の所得は低いので,戦争と占領がなかったとしてもやはり格差はあっただろう.格差のより根源的な原因を突き止めるにはもっと昔にさかのぼらねばならない.(薩摩のせい,のようにあれもこれも他所のせいにするのは健全ではない気もするが…)
用いたデータについての補論:
- 県民所得は県内総支出のデフレーターで実質化した.
- 村上・藤澤のペーパーには県外からの純要素所得のデータがなかったので,「県内所得」に相当するものとして県内総生産-固定資本減耗-(間接税-補助金),と計算した.
- 全国のデータのデフレーターは平成12年度基準の固定基準年方式に合わせた.異なる基準のデフレーターは,重複する部分の平均が等しくなるようにリンク係数を計算し,接続した.
- 沖縄のデフレーターは75-80年が欠損値となっている.この区間は消費者物価指数(総合)と同じインフレ率と仮定して補完した.また,74-75年にかけてのインフレ率は全国と等しいと仮定して補完した.
- 出典: 内閣府「県民経済計算」「国民経済計算」.総務省「人口推計」「消費者物価指数」.村上敬進・藤澤宜広(2009)「沖縄県における県民経済計算の長期時系列データ」沖縄大学法経学部紀要12.
さて,授業準備はここまでにして,本業に戻ります(汗)