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Thursday, April 3, 2025

大学のメールアドレスが変わります

 これまでj-oshiro@grsなんちゃらというメールアドレスを利用していましたが,ドメインの頭部分が変わります.

j-oshiro [at] cs.u-ryukyu.ac.jp

となりました.私にメールでご連絡いただける際はよろしくお願いします.grsドメインはしばらくすると使えなくなるようです.

職場が変わったわけではありません (新たに大学院で授業担当教員を務めることにはなりましたが).


Wednesday, April 2, 2025

有人国境離島法に基づく離島振興政策の効果検証

 琉球大学島嶼地域科学研究所の査読誌,Okinawan Journal of Island Studiesで特集号のゲスト・エディタを務めました.その縁で私も1つ書くことになり,実証論文を上梓しました.

Jun Oshiro (2025) "Assessing Development Policies for Inhabited Remote Islands on Borders" Okinawa Journal of Island Studies, 6, 51--79.

エディタの一人といっても,ブラインドの査読を経ての掲載です.

レプリケーション・ファイルは私のサイトにアップしています (元データは除く).


論文の大雑把なまとめ

ざっくりまとめると,有人国境離島法に基づく経済振興策に効果があったか見ました.結果,いい効果があるとは言えない,でした (効果ありと言えるだけの積極的な証拠が現時点ではない).という論文です.以下はその大雑把なまとめ.


背景など

同法は国土保全・安全保障を目的に2017年からスタートしています.

対象となる離島のうち,一部の島は「特定有人国境離島」として経済振興策が採られることとなりました.島により濃淡ありますが,交通費補助や漁業・観光振興などです.

有人国境離島の中で、振興策の有無という2群を比較しました(DID).

有人国境離島 (比較群, 黒字) と特定有人国境離島 (処置群, 赤字) の地理的配置は以下の通りです.

内閣府の資料より.

処置が地理的に固まっている (伊豆諸島を除き,指定地域内に処置群・比較群が混在することがない) のは懸念材料の一つです.あいにく本稿では島間のスピルオーバーには対処していません.

振興あり(SIB)となし(IB, 除く奄美小笠原沖縄)の人口を目で比べると,1島あたり人口のトレンドは平行に推移しているように見えます.処置後も大きく変わらず,この時点で政策効果があったとしても弱そうな予感がします.

Fig 1

目ではなく統計的に政策評価するにあたり,課題はいくつかあります.処置 (特定有人国境離島かどうか) 割付ルールが未公開,島のデータが乏しい,NもTも小さく検出力は限定的,などです.

今回はBorusyak, Jaravel, and Spiess (2024, REStud) のimputationアプローチでDIDして善処しようとしてます (限界はあり).いまどきのDIDはいろいろありますが,処置タイミングは全国一律であり,他のアプローチでもだいたい似た推定結果になりそうでした.

データは日本離島センターの『離島統計年鑑』 (2009--2022年) を利用しました.


結果など

素朴なTWFEによるDIDだと,政策効果は有意に負でした.といっても,厳しい状況の島だから処置がなされるという逆因果が疑われます.

そこで,指定地域レベルの線形トレンドをコントロールし,動学処置効果も許したDIDがメインの特定化です.おおむね有意ではないですが,ネガティブな影響にすら見えることがあります.

ウエイトなしで人口 (対数) への影響を見たのが以下のイベント・スタディ図です.

Fig 2a
事前トレンドも怪しくいまいち解釈が難しいところですが,怪しさについては人口が一定以下の島が影響していることがわかりました.たとえば2015年時点で人口20人以上かどうかで分けると以下の通りです (20人以上が左,20人未満が右).人口が多い場合は事前トレンドは悪くないように見えます.
この図は論文中にありません.

20人以下の島への効果が怪しげな雰囲気を生み出しており,20人以上いる島については比較的効果は小さい (それどころか2019, 2020年は負で有意) ようです.同様の傾向はサンプルを分ける閾値を10人以上, 5人以上などに変えても見られます.
そういうわけで,一定以上の人口規模の島については,国境離島の経済振興政策は人口に対してポジティブな効果を持ったとは言えない,というのが本稿の主要な結論になります.

では人口数十名以下の小さい離島には効果があるのかというと,私はそうとも言えないと思っています.こうした島は,処置前に急速に人口流出しており,処置する頃にはもう動けない人だけ数人残っているような状況のようです.人口下限がバインドするタイミングと処置タイミングがたまたま一致すると,処置が (いわば手遅れなのに) あたかも猛烈にいい効果をもたらした (人口減少を食い止めた) かのように見えてしまうせいだと思われます (下図のイメージ).


観光客数(対数)をアウトカムにした場合も,有意ではないけどネガティブな雰囲気がします.

Fig 3

研究潮流としては,国境離島を舞台にしたplace-based policyの政策評価,という位置づけになると思います.同時に,日本の安全保障政策を考える一つのヒントとなりえる貢献だと考えられます.


本研究は,なぜ・どういった理屈でこれといっていい効果が見えないのか,どうしたらもっと改善できるのか,といったことまでは明らかにできていません.論文中ではいくつかの可能性について議論を足しています.たとえば,PBPがいい効果を持つには,地元行政の政策遂行能力も重要だと思われますが,地方の離島だとそうしたキャパシティが不足している可能性があります.

なお,経済振興策は効果ないから早く止める・縮小すべき,ということまでは言っていません.もし政府が国境離島の振興・無人化阻止にコミットしきれていないことが問題であれば,政府はもっと経済振興策を拡充すべきだという議論をすることは可能だと思います.(私は拡充すべきとも言っていませんのであしからず.) ともあれ,離島の無人化を防ぐコストは現在投じられているコスト・エフォートよりも高い可能性があるとは考えられます.


論文には書いてませんが,消滅しそうな離島を維持する費用 (政策の経費だけでなく) がどれほどかというのは丁寧に検討する必要があると思いました (最適停止問題など).

消滅寸前の僻地に人を非ゼロにとどめる費用はこの研究では明らかにできていません (安全保障上の便益はいっそう定量化困難と思われますが).


国交省や内閣府の担当部署にインタビューにでも行けばよかったのでしょうけど,乳幼児複数の面倒を見ている中で出張は困難でした.そのうち機会があれば知らない島や行政にアクセスしてみたいと思います.

    
Reference
Borusyak, Kirill, Xavier Jaravel, and Jann Spiess. "Revisiting event-study designs: robust and efficient estimation." Review of Economic Studies 91.6 (2024): 3253-3285.