沖縄経済論という個人的に気に入っている講義がある.講義と成績評価を終えて一段落したところで,振り返りのポストをしておく.
今年度の講義資料は私のウェブサイトにしばらく置いておく.前回からあまり変更はない.今回は受講者数に比べて教室が大きすぎて,若干やりにくかった.想定よりも2コマ分ほど時間が足りなかった…
近年は沖縄経済のことについて熟考する時間もないのだが,2年前の講義から微妙に変わったことについて雑多にメモをしておく.
1. 統計の信頼性
大学院を出たばかりの頃は,データorientedでない論文はいまどき見向きもされないよねと時代の空気を漠然と反映してイキっていたが,毎勤を中心に基幹統計の信頼性が大きく揺らいでいる昨今,集計データでなにかわかったようなことを言うむなしさも感じている.
私の講義は煎じ詰めれば,データをぼんやりながめるとこういうことが言えそうだよね,という話でしかない.データそのものがおかしいのであれば,ただの徒労にすぎない.最近のニュースはとても残念である.
2. 産業構造
昨年末に日銀那覇支店が「沖縄県の所得⽔準はなぜ低いのか(現状・背景・処⽅箋)」というレポートを公表し,私はそれを講義中にこき下ろしたw 最近続編も出てこちらも機会があればなにかコメントしたいと思う.
ともあれ,日銀の見解では,第三次産業のシェアの高さが,所得水準の低さや労働所得の低さと相関があるように見える,とのことである.
3. 中世沖縄のabsorptive capacity
琉球王国は交易で栄えたというのが世間一般の共通理解だと思うが,交易に不可欠な資本(遠洋航海可能な船舶)やスキル(語学)・信用(契約履行)はどこから来たのか,が2年前からの疑問である.
講義では,absorptive capacityやadoptionのインセンティブが低い&鉄や材木が取れないため,船舶を自給することが難しかった,というストーリーで話をした.
講義後,17世紀末には中国からの支援や優遇策が途絶えていたという議論を目にした.単に県民が学ばないアホだったというわけではないのかもしれない.
4. 沖縄の自立
以前と基本的なスタンスは変わっていない.古い世代の学者たちは,モラル・ハザードやソフトな予算制約式という概念を薄々わかってはいるがうまく言語化することができなかった,そのため「自立」というゆるふわワードに頼ったのではないか,と思う.
5. 米軍基地への依存
講義資料を作っていて気づいたのだが,「基地関係収入」と「基地関連収入」は行政・政治的には明確に区別がされている.こうした区別は馬鹿らしいと思われないのだろうか. (また,こうしたいかがわしい区別を明確にし批判した議論はこれまでに真摯になされてきただろうか?)
県がいう「基地関連収入」は軍用地料・軍雇用者所得・米軍等への財・サービスの提供を指す.いわば米軍基地向けの「貿易サービス収支 + 第一次所得収支」である.
一方,県の資料「沖縄の米軍及び自衛隊基地」における「市町村基地関係収入」は,軍用地からの地代収入 + 国からの補助金,という第二次所得収支(+α)に相当するものであろう.
県が基地への依存は5%ほどしかない,と主張する根拠は基地関係収入/県民総所得が5%
程度,というところにあるが,ここには沖縄振興予算や環境整備法・基地交付金に基づく所得移転はカウントされていない.現実的には内閣府の沖縄振興予算の増減が注目されているというのに.「基地関連収入」は政治的に偏ったアンフェアな(運用をされてしまっている)指標だと思う.
「自立」を標榜する人たちが沖縄振興政策のもとで予算を必要としない優遇措置(税率の減免)に明確に反対している姿は見ない.闇が深い.
6. キャッチアップ不在
沖縄と全国平均は,成長率が同じで初期値が違う,という性質がある.2年前はこうしたファクトを手軽にreconcileできる枠組みに思い当たらなかったが,単にAKモデルでよいと気づいた.
ただ,AKモデルのような素朴な世界がデータにぴったり当てはまる世界というのは,かえってデータのほうに問題があるのではないか,県民経済計算の作成プロセスに根本的な問題があるのではないか,という気にさせられる.
講義では教育的な配慮からSolowモデルを中心に教えているが,現実を描写する上でAKモデルのほうがよいとなるとそれはそれで教えにくいし困ったことになる.
7. 北谷
基地返還のポジティブな効果として北谷の発展が挙げられることがよくある.が,データをふんわりながめると,北谷は基地返還後に発展したというより,返還前から発展していた,というほうが正確な予感がする.要は逆因果であり,平行トレンドではないのである.発展しそうな地域だから返還したのであって,返還したから発展したとは言えない.ましてや他の基地を返還しても北谷のように発展する保証はない.
実質賃金が上がった下がったと,学部向け教科書に乗っている同時方程式の識別の問題をすっ飛ばして好き放題言っている人たちがたくさんいる世の中で,内生性を議論しても無力感があるが,県内で「知識人」や「学識者」や「経済界重鎮」として発言してる人でさえ独りよがりの議論をしてしまいがちなのは残念である.
今年度の講義資料は私のウェブサイトにしばらく置いておく.前回からあまり変更はない.今回は受講者数に比べて教室が大きすぎて,若干やりにくかった.想定よりも2コマ分ほど時間が足りなかった…
近年は沖縄経済のことについて熟考する時間もないのだが,2年前の講義から微妙に変わったことについて雑多にメモをしておく.
1. 統計の信頼性
大学院を出たばかりの頃は,データorientedでない論文はいまどき見向きもされないよねと時代の空気を漠然と反映してイキっていたが,毎勤を中心に基幹統計の信頼性が大きく揺らいでいる昨今,集計データでなにかわかったようなことを言うむなしさも感じている.
私の講義は煎じ詰めれば,データをぼんやりながめるとこういうことが言えそうだよね,という話でしかない.データそのものがおかしいのであれば,ただの徒労にすぎない.最近のニュースはとても残念である.
2. 産業構造
昨年末に日銀那覇支店が「沖縄県の所得⽔準はなぜ低いのか(現状・背景・処⽅箋)」というレポートを公表し,私はそれを講義中にこき下ろしたw 最近続編も出てこちらも機会があればなにかコメントしたいと思う.
ともあれ,日銀の見解では,第三次産業のシェアの高さが,所得水準の低さや労働所得の低さと相関があるように見える,とのことである.
- 産業間の賃金・成長率格差
- 因果関係はいったんおいたとしても,製造業のほうが他の産業よりも賃金率や成長率が高い,というなら日銀の見解は理解できる.しかし,IT革命以後は製造業が唯一のリーディング産業というわけでなく,産業間の賃金格差も以前に比べるとずっと縮まっているように思う.単純に産業のシェアだけをみてどうこう言うのは(入門レベルの授業では私もやるけど)無理があると思う.
- 内生性
- 産業構造はpersistentながら,givenなものではないと思う.初歩的なリカード・モデルでは生産性が産業構造を規定するわけで,産業構造が何らかの原因とでも言いたいかのような日銀の議論は学部入門レベルさえすっ飛ばしたアマチュア向けのアマチュア理論だと思う.ちまたの評論家がそれをやるのは勝手だし,因果関係にまでは踏み込まない知的慎重さと無責任さはわかるのだが,高い給与と社会的地位をもらっている日銀マンがそれをやるのは正直どうかなと思う.
- 基地の影響
- 米軍基地のせいで第三次産業が「固定化」「肥大化」という議論をしばしば目にするが,これは論理の飛躍がありすぎると思う.昨今では医療福祉系の雇用・産出が伸びているが,これは本当に基地のせいなのだろうか?デモグラフィ要因が大きいと思うが.また,セクター間の移動が何十年単位でpersistentというエビデンスは多くないと思うのだが.
3. 中世沖縄のabsorptive capacity
琉球王国は交易で栄えたというのが世間一般の共通理解だと思うが,交易に不可欠な資本(遠洋航海可能な船舶)やスキル(語学)・信用(契約履行)はどこから来たのか,が2年前からの疑問である.
講義では,absorptive capacityやadoptionのインセンティブが低い&鉄や材木が取れないため,船舶を自給することが難しかった,というストーリーで話をした.
講義後,17世紀末には中国からの支援や優遇策が途絶えていたという議論を目にした.単に県民が学ばないアホだったというわけではないのかもしれない.
4. 沖縄の自立
以前と基本的なスタンスは変わっていない.古い世代の学者たちは,モラル・ハザードやソフトな予算制約式という概念を薄々わかってはいるがうまく言語化することができなかった,そのため「自立」というゆるふわワードに頼ったのではないか,と思う.
5. 米軍基地への依存
講義資料を作っていて気づいたのだが,「基地関係収入」と「基地関連収入」は行政・政治的には明確に区別がされている.こうした区別は馬鹿らしいと思われないのだろうか. (また,こうしたいかがわしい区別を明確にし批判した議論はこれまでに真摯になされてきただろうか?)
県がいう「基地関連収入」は軍用地料・軍雇用者所得・米軍等への財・サービスの提供を指す.いわば米軍基地向けの「貿易サービス収支 + 第一次所得収支」である.
一方,県の資料「沖縄の米軍及び自衛隊基地」における「市町村基地関係収入」は,軍用地からの地代収入 + 国からの補助金,という第二次所得収支(+α)に相当するものであろう.
県が基地への依存は5%ほどしかない,と主張する根拠は基地関係収入/県民総所得が5%
程度,というところにあるが,ここには沖縄振興予算や環境整備法・基地交付金に基づく所得移転はカウントされていない.現実的には内閣府の沖縄振興予算の増減が注目されているというのに.「基地関連収入」は政治的に偏ったアンフェアな(運用をされてしまっている)指標だと思う.
「自立」を標榜する人たちが沖縄振興政策のもとで予算を必要としない優遇措置(税率の減免)に明確に反対している姿は見ない.闇が深い.
6. キャッチアップ不在
沖縄と全国平均は,成長率が同じで初期値が違う,という性質がある.2年前はこうしたファクトを手軽にreconcileできる枠組みに思い当たらなかったが,単にAKモデルでよいと気づいた.
ただ,AKモデルのような素朴な世界がデータにぴったり当てはまる世界というのは,かえってデータのほうに問題があるのではないか,県民経済計算の作成プロセスに根本的な問題があるのではないか,という気にさせられる.
講義では教育的な配慮からSolowモデルを中心に教えているが,現実を描写する上でAKモデルのほうがよいとなるとそれはそれで教えにくいし困ったことになる.
7. 北谷
基地返還のポジティブな効果として北谷の発展が挙げられることがよくある.が,データをふんわりながめると,北谷は基地返還後に発展したというより,返還前から発展していた,というほうが正確な予感がする.要は逆因果であり,平行トレンドではないのである.発展しそうな地域だから返還したのであって,返還したから発展したとは言えない.ましてや他の基地を返還しても北谷のように発展する保証はない.
実質賃金が上がった下がったと,学部向け教科書に乗っている同時方程式の識別の問題をすっ飛ばして好き放題言っている人たちがたくさんいる世の中で,内生性を議論しても無力感があるが,県内で「知識人」や「学識者」や「経済界重鎮」として発言してる人でさえ独りよがりの議論をしてしまいがちなのは残念である.