先月県民経済計算の最新版が公表された.
[link] 沖縄県統計資料ウェブサイト 県民経済計算
FAQが新たに追加されており,中の人達の苦労が忍ばれる.
今回のエントリでは,新しい県民経済計算では去年までと比べてどう変わったかを眺めていく.昨年度の分(平成26年度県民経済計算, 以下
H26版と呼ぶ)のデータと新しいデータ(
H27版)とを比較していきたい.全体的には,思ったよりも変わっていた,という印象を受けた.
1. 2008SNAへの移行
国民経済計算が2008SNAに移行したことに合わせて,県民経済計算も2008SNAに準拠するべく標準方式が新しくなった.たとえばR&Dを投資に計上する,産業分類が変わる,など,の変更がある.また,支出サイドのGDPデフレーターはH26版では固定基準年方式であったが,H27年版では連鎖方式に変更されている.
基準が変わったことを受けて,H27版では,2006年度まで遡及して改訂されている.
2. 実質GDPが大きく変わった
目を引くのは実質GDPの改訂だ.次のグラフは改訂前後の実質GDP水準を並べたものである.青い方が新しいH27版.
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実質GDP(支出サイド, 市場価格)の改定前後比較. 単位: 兆円. |
- 水準も成長率も,改定前と大きく違った印象を受ける.
- 念のため,GDPデフレーターの基準年がそもそも違う(H17年とH23年)ので,水準が変わること自体に大きな意味はない.
- ここでは支出サイドで見ているが,生産サイドで見てもそれほど変わらない(後掲).
成長率(対数差分, 以下同様)で見ると次の通り.
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実質GDP(支出サイド, 市場価格)成長率の改定前後比較. |
- 2011年度以前の成長率が下方修正されている.
- 最も下げ幅が大きいのは2010年.実に-3.7%も下方修正された.
- 2012年はマイナス成長になっている(+1.1%から-0.8%).
- しかし直近(13--14年)ではほとんど差がない.足元では連鎖価格と固定価格の違いが出にくいのかも.
支出側は固定価格から連鎖価格に移ったという大きな変化がある.一方で生産側のGDPはH26版でも連鎖価格を採用していた.生産側から実質GDPの比較も確認しておこう.
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実質GDP(生産サイド, 市場価格)の改定前後比較. 単位: 兆円. |
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実質GDP(生産サイド, 市場価格)成長率の改定前後比較. |
- 生産サイドから見ても,概ね下方修正されているように感じる.
- ただし2011, 2013年の成長率は若干の上方修正となっている.
3. 石油・石炭産業が大きく変化
以前このブログで沖縄の県民経済計算は怪しい,特に石油・石炭製品の実質生産が怪しい,という議論をした.
[link] 石油・石炭製品と沖縄の実質GDP
改めてこの産業のreal outputを見てみる.
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石油・石炭製品の実質GDPの改定前後比較. 単位 億円. |
- H27版では笑えるぐらい大胆な下方修正がなされている.というより,昨年度までの石油・石炭製品の総生産が異常であり,それがまともになった,という印象を受ける.
- そもそも4兆円のGDPに対して石油製品が4千億円を占める,という状況がおかしかった.いつから沖縄は石油化学大国になったのかしら.
成長率に直してみる(なお,負の値を取る時期はlog(x)でなく-log(-x)で計算した).
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石油・石炭製品の成長率の改定前後比較. |
- 成長率で見れば,2014年を除き,ほとんど差がない.
- 上で見たような大胆な下方修正は,水準が5--10倍程度差があること(と,変化の振れ幅がやたら大きいこと)で生じていると言える.
- 2008SNAで計算方法が若干変わったことで付加価値が若干変わったせいかもしれない.
- H26版の「県民経済計算の推計方法」では,製造業の中間投入額を計算する際に,本来は間接費を足すべきところ逆に引いているように書かれている.単なるタイポかもしれないが,もし今回このミスを直したとすれば,間接費の分inputが増えoutputは減るので,水準が下方修正されることにつながる.
動きがおかしい石油・石炭製品セクターを無視した場合,集計の実質GDPはどうなるだろうか.単純に実質GDPから石油・石炭製品の実質GDPを差し引いてみた.(なお,連鎖方式の実質GDPでは加法整合性を満たさないのでこの引き算は厳密に言えば意味をなさない.)
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石油・石炭製品を除く実質GDPの改定前後比較. 単位: 兆円. |
- 両系列からはかなり違った印象を受ける.
- H26版では,リーマン・ショック以降に沖縄経済(石油・石炭製品除く)が大きな不況に陥っていたこと,2014年にようやくショック以前のトレンドに戻ったことが示唆される.他方でH27版では,石油・石炭製品のサイズが小さくなったため,こうした動きは見えなくなった.
- H26版では東日本大震災で大きくショックを受けているが,H27版ではそこまでひどくはない.
これを成長率に直すと以下の通り.
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石油・石炭製品を除く実質GDP成長率の改定前後比較. |
世界同時金融危機や東日本大震災のインパクトをどれだけと見積もるかにもよるかもしれないが,石油・石炭製品という異常値を除いて見たほうがなんとなく実感に合うような気はする.
4. 違いは物価にあり
実質では大きく下方修正がなされていることを見た.一方で名目変数には大きな修正はない(面倒くさいのでグラフは省略).
変わったのは物価指数である.
GDPデフレーター(支出側)の違いを眺めよう.水準を合わせてプロットすると次の通りである.なお,前述の通りH26版はH17年基準の固定価格方式であるのに対して,H27版はH23年基準の連鎖方式である.
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GDPデフレーター(支出サイド)の改定前後比較. |
- 古い方の基準では,がっつりデフレ傾向が見られた.ところがH27版ではそこまでひどくなさそうだ.
変化率に直してプロットすると次の通り:
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インフレ率の改定前後比較. |
- 正の相関はありそうだが,水準と分散に違いがあるように見える.ざっくり見て,H27版のほうがインフレ率が高く,その分散は小さい.
- 修正幅が目立つのは2010年である(-3.8%から-0.4%).インフレ率が大幅に上方改定されたことに呼応し,この時期の実質GDPやその成長率は下方修正されている(上述).
- 2010年におけるインフレ率改定の内訳はどうか.C, I, GでいうとCが最も上方修正されている.Cの中では,「娯楽・レジャー・文化」が大きく上方修正(+13.3%)されており(実質消費の伸びがもともと高すぎた(+32.5%)ところ下方修正された),ここで差がついていると思われる.
5. まとめ
最新の県民経済計算が去年と比べてどう変わったか見てきた.主な変更点は,
- インフレ率がやや上方修正され,実質GDP成長は下方修正された.
- 外れ値が目立たなくなった(石油・石炭製品の生産や娯楽・レジャー・文化の消費).
- こうした改定は微修正と言うには大きすぎる気がする.(成長率が-3.7%下方修正って…)
といったところだろうか.こうした改定となった原因が具体的に何であるか,は恥ずかしながら不明である.
Y以外の系列については時間があれば動向を眺めてみたい.ぱっと見た印象では,なんだか直感に合わない数字も少なくないなと感じた..
統計は知的なインフラである.県民経済計算はもう少し信頼できるようにならないものか.足元の成長率を見て一喜一憂したり県レベルで機動的なマクロ政策を打ったりすることはほとんどないにせよ,現状では政治・行政が経済動向をモニタリングしたり結果にコミットしたりすることもままらない気がする.